朝鮮には銀行が無かった
イザベラ・バード(Isabella Bird Bishop) "朝鮮紀行(Korea and Her Neighbours)"「第26章 松都から平壌へ」

1.貨幣価値が低すぎて貨幣を持ち運ぶのが困難であり交易に使えない。
2.清国にある銀行施設が朝鮮にはなく、商取引ができない。
3.朝鮮人は一般に相手を信用しない。
4.階級に対する偏見がある(差別が存在する)。
5.収入が不安定である。
6.労働に対して収入が極端に低い。
7.独占的なギルド(特権的同業団体)が多く、自由な取引が出来ない。
李氏朝鮮末期には貨幣の私鋳造が許されていた。このため貨幣制度に対する信用が保たれないのは当然だった。
「総督府年報1941」「第4章 金融及経済」「第1節 貨幣及金融機関」「1 通貨」

払込資本金 / 1910年1991万 → 1939年 12億1188万(60.87倍)
銀行預金 / 1910年1785万 → 1939年 8億6788万(48.60倍)
貨幣と金融はその国の経済の血液ともいわれるもので、原始社会には貨幣・金融制度は無かったが、人間の社会が発達して人々が安定して豊に生活するためには必要な大切なものである。
旧韓国に於いては古来一定の貨幣制度なく、数百年来もっぱら葉銭のみを使用してきたが、1894年銀本位制を採用し、その後1901年に金本位制に改めたが遂に実施できなかった。
当時の朝鮮政府は財政窮乏のあまり白銅貨を濫発し、その上私鋳造が盛んに行われ、貨幣の信用が全く失墜して、物価は常に変動して、混乱はその極に達していた。
1904年、財政顧問が就任すると、金本位貨幣条例に改正を加えて、1905年8月より実施し、新貨幣の鋳造に着手して、その上で日本の貨幣の通用を認め、同時に旧白銅貨の引揚を断行したが、葉銭は当時の民度及経済状態から見て当分の間補助通貨として流通させ、これと前後して第一銀行券の通用を公認して、その後韓国銀行を設立して韓国銀行券を以てこれに代えた。旧白銅貨引揚の進捗に伴い、貨幣価値が落ち着き、ようやく積弊を一掃し、新貨幣と銀行券の流通高が次第に増加した。
往時に於ける朝鮮の経済は甚だ幼稚であり、金融機関は全く見ることが出来なかった。1878年第一国立銀行の釜山支店を開設したのが朝鮮に於ける近代的金融機関の小さな始まりである。
この頃から朝鮮人の経営する大韓天一銀行・漢城銀行・韓一銀行などが順次創立された。
1902年、第一銀行は韓国政府の許可を受けて朝鮮内において、第一銀行券を発行したが、後に韓国政府は1905年第一銀行に貨幣整理及国庫金取り扱いの事務を委託し、その発行銀行券の通用を公認し、韓国中央銀行としての任務を与えた。1909年には韓国銀行を創設して従来第一銀行が行っていた中央銀行業務をすべて移管した。
また、地方産業の振興のため、1906年に、農工銀行条例を発布して、重要地点に農工銀行を設立し、政府がその株式の一部を引き受け、無利子貸し付けなどの保護監督に努めた。
さらに、下層農民の金融を疎通させるために、地方金融組合規則を制定して、1907年には10カ所の地方金融組合を設立させて経費の一部を補助し、その後毎年10~30の組合を増設した。
保護政治以来、経済上の施策は見るべきものが有ったが、積弊が極まっていて簡単にその効果を収めることが難しかった。その上、匪賊や草賊が各地に出没し、住民の生命財産の安全と保護が出来ておらず、経済の発達は遅々として進まなかった。しかし、併合以来総督府は殖産興業に重きを置いて、交通と金融機関の整備に努め、各種産業の改良を奨励し、生命財産を安全かつ堅固にして、地方民心の安定と日本からの資金の流入を図り、これ等が相まって産業・貿易共に進展し、民力が豊かに成り、財政もまた鞏固となり、経済の発達は嘱目に値するものと成った。
払込資本金:1910年 1991 → 1939年 12億1188万(60.87倍)
農産物価額:1910年1億5716 → 1939年 10億8228万(6.88倍)
林産物価額:1910年 1924 → 1939年 1億9260万(10.0倍)
水産物価額:1910年 847 → 1939年 1億5110万(17.8倍)
鉱産物価額:1910年 607 → 1936年 1億1043万(18.2倍)
工業物価額:1910年 3096 → 1939年14億9800万(48.3倍)
貿易総額:1910年 5970 → 1939年23億9524万(40.1倍)
銀行預金:1910年 1785 → 1939年 8億6788万(48.6倍)
銀行貸出金:1910年 4091 → 1939年 15億0645万(36.8倍)
(単位:万円)
金融機関の構築により会社や工場が新設され、人口が1.7倍に増え、食料と成る農産物の生産金額は6.88倍、払込資本金が60倍になるなど多くの会社が設立され、その増えた人々に仕事や職場を提供して安心して生活が出来る状態になっていった。