韓国の宮廷料理の現実



朝鮮の宮廷料理は、日本人でも食べられるような料理など無かった。庶民が食べてる腐って腐敗した料理よりは、多少鮮度がましな程度だったようだ。
明治9年(1876)、日本政府は、日朝修好条規を協議するため、宮本小一外務大丞をソウルへ派遣した。
宮本小一は、朝鮮国にて国賓としての歓迎を受け、帰国後に「朝鮮政府接遇記略及風俗概要」を書いている。
これには、当時の朝鮮国の衣食住や人々の風俗がよく描写されており、とても興味深い。
楊花津での酒饗メニュー。どこでも大体同じようなものだったという。ここでは18器28品と焼酎である。ただ、腐敗臭が漂っていたのには閉口したらしい。「途中郡鎮にて為に設くる処の饗膳も大抵大同小異なり。時、炎暑に際するを以て腐敗し易く臭気に堪えず、速に一、二箸を下して撤去せしむ」とある。
食事について
食事は1日2回で、たいてい10種類から18種に至る。
三尺四(約90cm)ばかりの有脚盆に、うずたかく盛り上げて、倒れ落ちるのを恐れるばかりである。
牛豚鶏魚の肉、草餅、羮汁など、みな、器、皿に堆積する。しかし、臭味がひどく箸を下す者が少ない。
炎熱の時節でもあり、その異様の臭いに堪えきれず、胃腸も慣れないこともあって、食傷を恐れて箸を下す者が稀であった。
なお、庶民のものは不潔で食べることが出来ないと言う。なおメニューにキムチは見当たらない。
味付けについて
また、たいてい胡椒と唐辛子を加えて調理しており、この2味を用いないものは無いも同然である。
それゆえに朝鮮人は咽喉への刺激により、一種の咽喉の病気を受ける者が多いと聞く。
醤油は上品下品とあって、極上品は日本製に及ぶが、値段が高すぎて容易に得ることは出来ないと言う。
下等品は不味くて食せない。味醂はない。砂糖も無いので蜜を代用している。牛乳は用いない。
米について
米は日本のものと似るが、粘質に乏しく日本の下等品よりも劣る。
膳台や食器について
盆や膳類は、漆が剥げ落ち、垢がついてすべて不潔さを感じた。磁器皿の類は、日本伊万里の下等品および呉洲のものが混じる。朝鮮のものは、質が厚くて粗雑で石のように重い。いずれも汚れたような不潔さを感じる。
(「宮本大丞朝鮮理事始末 四/1 朝鮮理事日記/1」p30)
以上が朝鮮の宮廷料理の記録です。当時の韓国の料理は腐って不味くて食べられない料理だったのが現実だそうです。

より詳しい内容
食事は1日2回で、たいてい10種類から18種に至る。三尺四方ばかりの有脚盆に、うずたかく盛り上げて、倒れ落ちるのを恐れるばかりである。
牛豚鶏魚の肉、草餅、羮汁など、みな、器、皿に堆積する。しかし、臭味がひどく箸を下す者が少ない。
炎熱の時節でもあり、その異様の臭いに堪えきれず、胃腸も慣れないこともあって、食傷を恐れて箸を下す者が稀であった
なお、庶民のものは不潔で食べるべからずと言う。なおメニューにキムチは見当たらない。
朝鮮国は、豊かでないので賓客を迎えるのにふさわしいことが出来ないと言う。それで、人の口腹を飽くまで食べさせることをもって饗応とするらしい。しかし、膳台に種々の物をうずたかく積み上げて出すのを見ただけで、まず人をして飽きさせるものである。
味付けについて
また、たいてい胡椒と唐辛子を加えて調理しており、この2味を用いないものは無いも同然である。それゆえに朝鮮人は咽喉への刺激により、一種の咽喉の病気を受ける者が多いと聞く。
醤油は上品下品とあって、極上品は日本製に及ぶが、値段が高すぎて容易に得ることは出来ないと言う。下等品は不味くて食せない。味醂はない。砂糖も無いので蜜を代用している。牛乳は用いない。
米について
米は日本のものと似るが、粘質に乏しく日本の下等品よりも劣る。
膳台や食器について
盆や膳類は、漆が剥げ落ち、垢がついてすべて不潔さを感じた。磁器皿の類は、日本伊万里の下等品および呉洲のものが混じる。朝鮮のものは、質が厚くて粗雑で石のように重い。彩画はなくて青白色の上薬を用いるのみ。しかし、いずれも汚れたような不潔さを感じる。
酒(焼酎)は土瓶に入れている。杯は日本製である。または朝鮮製もある。彩画した皿や金銀の器が無い。また、醤が入った磁器壷には石榴の模様が淡青で描かれていた。これらは、支那の品に似ていて、おそらく朝鮮のものではない。
焼肉・肉料理: 牛肉、豚肉、鶏肉(焼き肉、煮込みなど)。牛肉・豚肉の蒸し煮: 朝鮮の伝統的な宴会料理(チム)として提供。雉(キジ)の料理。
餅・菓子・果物: 干し柿、栗、ナツメ、菓子類(韓国の伝統菓子)。高く積み上げる「高排(コベ)」という盛り付け
酒: 宴席には酒が欠かさず出された。
スープ・スープ料理: スープ(湯)類。
(「宮本大丞朝鮮理事始末 四/1 朝鮮理事日記/1」p30)
以上が朝鮮の宮廷料理の記録です。当時の韓国の料理は腐って不味くて食べられない料理だったのが現実だそうです。