台湾国防部、台湾存立の戦いに貢献した根本博・元陸軍中将の功績を公式に認める。
台湾存立の戦いに貢献した根本博元陸軍中将、台湾国防部公式に功績を認める日中戦争後、蒋介石率いる中国国民党と中国共産党との間で中国の覇権を争って繰り広げた
「国共内戦」の事実上の最終戦「金門戦争」に参戦し、国民党軍を勝利に導きながら、
長年にわたって存在や関与が認められていなかった根本博・元陸軍中将(1891-1966年)
について、台湾当局がその功績を公式に認めたことが分かった。終戦直後、邦人保護のために
蒋介石が手をさしのべてくれた恩義に報いるべく、密航までして身を投じた日本人将軍の秘話が
戦役後60年を経て明らかになった。(安藤慶太)
関係者によると、根本元中将は福島県出身。駐蒙軍司令官だった根本元中将は、
終戦を過ぎても満州や中国での侵攻を止めず、日本軍や在留邦人を苦しめるソ連軍に
武装解除を拒否。日本軍守備隊に戦闘を命じて、ソ連軍の攻撃を食い止めながら、
居留邦人4万人を乗せた列車と線路を守り抜いた。
その際、邦人救済を手助けしてくれた蒋介石と国民党軍に恩義を感じ、国共内戦で敗走を続ける
国民党軍に報いようと密航を決意。昭和24年、第7代台湾総督、明石元二郎の長男、
元長氏(故人)や台湾の共産化に危機感を抱いた「東亜修好会」メンバーの手引きによって
秘密裏に台湾入りを敢行した。
密航によって約2週間投獄された根本元中将は、大陸を逃れた国民党軍幹部との
劇的な再会を経て、「林保源」を名乗り、中国共産党の人民解放軍との最終決戦となった
金門戦争(古寧頭戦役)に参戦。作戦立案が奏功し、二昼夜にわたる戦闘の末、
人民解放軍は全滅した。これが、共産化を防ぐことにつながった。
蒋介石と根本元中将とはその後も交流が続いた。最近米国で公開された「蒋介石日記」にも
根本元中将に関する記述があり、蒋介石が心から信頼していた様子が読み取れる。
しかし、台湾でも根本元中将の存在はもちろん、功績が認められることはなかった。
金門戦争勝利への日本人の関与が明らかになることは大陸から渡ってきた蒋介石ら
「外省人」が、「本省人」を支配するうえで邪魔だったためとみられる。
しかし、戦役後60年目の昨年10月、「古(こ)寧(ねい)頭(とう)戦役六十周年記念式典」へ
根本元中将の関係者らの出席が認められ、台湾の国防部が公式に謝意を表明、
初めて功績がたたえられた。
一連の事実をノンフィクション「この命、義に捧ぐ」(集英社刊)にまとめ、近く出版を予定している
ジャーナリスト、門田隆将(りゆうしよう)氏は「台湾・国軍の日本人軍事顧問団『白団』は
1990年代になってやっと存在が認められた。根本氏の渡台は白団よりも前。
今の台湾の存立の戦いに“義”のために生きた日本人の奇跡的な活躍があり、
それが歳月を経て正当に評価を受けたのは感慨深い」と話す。
http://sankei.jp.msn.com/life/trend/100423/trd1004230143001-n1.htm
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