日本人取り扱い説明書
ロバートスチがの作 / ヤングヤングチォル翻訳
〓 著者 ロバートスチがだね(Robert Tsuchigne)
1933年日本で生まれて早稲田大学商学部を卒業してアメリカに渡ってアメリカン大学で修士学位, メリーランド大学で経済学博士の学位を取得した. フロストバグ大学でビーズニス学部助教授及びオルドドミニオンデハックで情報学部助教授を歴任した. 米陸軍情報望九丑時ステム上級担当官及び米海軍弾薬網データベース構築システム分析官を勤めた. 国際協力事業団の一員として発展途上国インフラ整備プロジェクトを遂行したし, フロリダ大学経済学部教授と日本島根大学総合政策学部教授を歴任した. 現在フロリダ大学法学部大学院で国際法を研究している. 著書では 『技術対局日本の虚と実』『変化を模索する統計学』『システムダイナミックスでシミュレーション作り方』などがあり, 社会学と経済学分野の多数の論文がある.
〓 Short Summary
UN, オリンピック, ノーベル賞. これらの共通点が何だろう. 日本人たちが, 世界で仮装(家長) ‘権威’がある思ってその価値を ‘絶対的’で信奉するのがまさにこの三種類だ. 客観的な視覚で見ればこれに対する日本人の執着は救済しにくい位の妄想に近い. 現在の日本を眺めればその虚構性があまりにもじろじろ現われる. 日本は今ほとんど自愧に近い状態に陷っている. それなのにいざ日本人は自覚をすることができない. 日本の金融と教育は完全に崩壊されている中だ. そして外交は機能を完全に喪失した. 国家組職としての職務を忘却している. 機能麻痺状態にあるのだ. 政府と企業, 大学は皆急激な改革が必要なのにまったくその改革は足踏みだ. 一部マスコミは旧態依然たる過去に濡れて民族主義の復活を夢見ている. そしてそこに応じた政治家は妄発を事とする. もう世界が日本をどんなに眺めているのか直視しなければならないし, 日本人自ら何が足りななのかを自覚しなければならない. 周辺国は日本を敵視している. これはそんな理由があるからだ. もう日本の行動は把握されている.
が本はすっかり外国人の立場(入場)で日本に対して敍述して記録したのだ. 著者は日本で生まれて早稲田大学を卒業してアメリカに渡ってアメリカン台とメリーランド大で学位を受けた後ずっとアメリカで活動して客観的に日本社会を評価して来た. この本は原題 『アメリカでは常識になってしまった日本人取り扱い説明書』が言ってくれるように出刊当時日本社会に少なくない衝撃と波紋を投げかけた. 日本の主要言論たちも日本社会と日本人に対してこのように客観的で鋭く分析した本はなかったと自嘲まじた評価を出した. 日本人たちの心機を触れて今まで話題になっているこの本は日本人の速成を正確に理解させてくれることで, これからの韓日間の関係設定と交渉に貴重なマニュアルになってくれるでしょう.
〓 順番
第1章 - 世界のリーダーがなれない日本
第2章 - 日本企業の競争力は古語
第3章 - 日本人の限界と考えの壁
第4章 - 日本である位扱いやすい民族もいない
第5章 - 日本人が蔑視される理由
日本人取り扱い説明書
ロバートスチがの作 / ヤングヤングチォル翻訳
第1章 世界のリーダーがなれない日本 - 日本はますます孤立して行っている
情けないビューロクラシーの国
日本は ‘官尊民卑(官尊民卑)’の国家だ. 官僚は偉くて一般国民はその下に存在するという意味だ. 日本人たちは自分たちの国家を ‘平等な国’と思うでしょう. しかし私の経験で見た時世界どの国に行って見ても日本より加えたビューロクラシー国家はない位に日本にはいまだにビューロクラシーが広まるしている. これに対して当事者である日本人たちはあまり意識することができないかも知れないが, 外国で見る時は荒唐で寒心するまでする.
何年前の事だ. 私は久しぶりに日本に帰って来て友達とドライブを楽しんでいた. うちの車は 30分もまだ走ることができずに交通停滞で立ち止まらなければならなかった. 自動車行列の先方をよく見ると警察官が自動車を止めて何かチェックをしているようだった. しかし事故のように見えなかった. 私の回になると警察官が近付いて運転兔許証を見せてつけなさいといいながら突然運転席の中をのぞき見た. “どの国兔許証をお見せしましょうか?” 私はビジネスで外国に出る場合が多くてサウジアラビア, エジプト, フィリピンそしてアメリカ運転兔許証を持っていた. 警察官は “日本兔許証はないですか?“と問った. ないと言うと大変気持ちがよくないというように急に刺刺しい顔をした. ”あなたは交通違反をしました. 罰金で 5千円を支払わなければならないです.“ 警察官の言葉は丁寧だったが高圧的だった. ただ日本運転兔許証を持っていなかっただけなのに言葉だ. 私は去る 8年間 JICA(日本外務省の外郭組織人国際協力事業団)を通じて国際協力に関する業務をして来た証拠も見せてくれたが頑なだった.
警察官の兔許証の調査は横浜でも経験したことがあった. その時の警察官はアメリカ兔許証を見せてくれるとそれさえも丁寧な態度を見せた. しかし田舍現懸の警察官たちは流れにおくれた人々としてこのごろみたいな国際化時代にもひたすら日本の兔許証のみを固執していた. シデチァックオラゴでもするか. 私はこのような事で罰金を出すということを納得することができなかった. それなら警察署長に会って話すしかないと決心した. 一度作っておいた規則でもいつでも時代に合わせて対応して検討しながら変えなければならないことは変えるのが当たり前ではないか. このような対応力と融通性の不在は仮に日本の警察にだけ当たる問題ではない. 日本の政府と地方自治体, 企業, 教育機関などすべての組職に根深く滲んでいる.
署長との約束を確認するまで複雑な手続きを通さなければならなかったし時間がかなりかかった. 初めての挨拶もそこそこに, 私は先に私の身分を明らかにした. “私は日本で運転をする時日本兔許証を持っていなければ交通法規違反という事実をかさぶたを切ってから初めて分かりました. 私は資格がない無兔許運転をしたのではないです. このごろみたいな時代に他の国の運転免許を認めない日本のルールは時代におくれたのです.” 私は力説した. すると署長は言った. “もちろんルールです. 私はそのルールによってあなたが交通法律を違反したという事実を指摘しているのです.” まるで ‘一度作られた教科書は捨てることができない’と言うようだった. “EUでは国家間に人や品物, お金, 情報が自由に行き交っています. イギリスの運転兔許証でスペインでドライブをしても何らの差し支えがないです. 今世の中はそんな庭先なのに日本はグローバル化におくれたひとりぽっちではないでしょうか?” しかし署長はまったく私の意見に耳を傾けようと思わなかった.
無条件 強く対立すればしっぽを下げる
私はふと日本が過度な ‘官僚国家’という点を思い浮かんだ. 私が外務省を取り上げると署長はルールを搖り動かした今までの主張を曲げて結局私に謝りまでした. 日本社会を端的に現わすピラミッド型足跡権力構造をうかがうようにした. このような風土では改革意識で体制を変化させる雰囲気が造成されることができない. こんな事実はもう西欧の多くの国にまで知られて彼らは日本人をどんなに扱わなければならないかよく分かっている. 彼らはたびたび上部機関の威勢を立てて日本人に交渉を強要して来る. そんな面を見ながら私は一つ事実を悟った. ‘日本人は高圧的に出ればしっぽを下げる’というのだった. 元はと言えばこんなに扱いやすい相手もいないだろう.
アメリカに帰ってマイケルという友達にこの話をしたら, マイケルは多くの国人々と通常をするバイヤーとしての立場(入場)で日本人が一番扱うこと容易だと言った. “高圧的な態度を日本語では何と言うか知れないが, 私はこんなに理解していて. 無条件 NO!としつこく主張すると言葉だ.” すると私もその言葉が理解ができた. どんな貿易交渉だったかはよく思い出さないが, マイケルがただ NOだと言う姿を横で見たことがある. 日本のどの上司商社との交渉であった. マイケルは条件が当たらないと断った. その方で提示した条件は以前条件たちよりマイケルに有利なことに変わっていた. 取り引きは結局成立されたが, 条件はマイケルが願ったよりもずっと良かった.
被害者を守ってくれない国 (いじめが活性化になった国)
日本では被害者の権利が尊重されない. 日本では被害者の人権も保護されない. 日本側調査権の限界を米軍も分かっているから立件されるまでは日本側に身柄が引渡しされないという点を利用してアメリカ側で先に手を使ったりする. むしろ加害者たちの家族が米軍の上層部に日本側の調査がひどすぎないように陳情書を入れる場合もある. また時間を儲けながら不当な調査にあわないようにしてくれと言ってマスコミに訴える場合もある. どうして日本では被害者を保護する権利が無視されているのだろう.
1990年日本の最高裁判所は次のような判決文を発表した. “犯罪の調査または検察の公訴権行事は社会秩序をすぐするためのことで, 犯罪被害者の利益に対する損害の回復を目的にするのではなくて…….” 被害者の権利は完全に無視している. ドイツでも 20余年前までは被害者やその家族が単純な ‘証拠品’ 位に扱いにした時があった. 裁判にも参加することができない彼らは悔しくても堪えるしかなかった. まるで日本の江戸時代(1603‾1867)にさむらいが自分に障る良民を切って殺しても罪にならなかったことと似たり寄ったりだ. しかし現在ドイツの事情は違う. 徹底的に被害者を保護して気配りするシステムが作動している. 2000年 5月, 遅い気はあるが日本でも犯罪被害者保護関連法が成立された. しかし被害者の権利が相変らず排除されている. 現在司法制度改革推進本部が設置されているがあまり進展はなさそうだ.
平和に対する妄想
2次大戦で日本と似ている立場にいたドイツは戦争で自分たちが傷をつけた周辺国とユダヤ人に徹底的な補償と応分の対策を立てて来た. 日本はどうなのか. 多分に二重的な平和に対する表現と行動を続いている. 特に日本の場合理解しにくいことは戦争を起こした張本人がまた軍事力を育てながら世界は平和にならなければならないと主張する, 妄想に近いこの中プレーをしているという点だ. 日本人の考えがいくら非現実的で妄想に近いのか当事者である日本政府と国民は悟ることができない. 冷戦が終わったことはアメリカとソ連が 50年にわたったけんかをやっと終わらせて得られた結果物というのさえ理解することができない国民であることだ. まさに押して引く軍事力の対置を遂に終わらせて尋ねて来た平和に日本はただ乗りを試みているのだ. 戦争を主導した国家が冷戦時には周辺国の安保ラインで相対的な徳を報告, これからはまた軍隊を育ててUNで平和話している.
日本では大多数の国民と政府が北朝鮮を含めた周辺国の危険性だけ浮上させたの, 彼らを喜んで平和のパートナーに認めていない. 偏狭な島国根性だと自認するこのジレンマで日本人自ら脱け出して来ることができないのだ. 周辺国との真正な公営の次元でどのようにすれば正確な歴史意識と真正な平和を争取し出すことができるかどうかを論議しなければならない. 言葉では平和を叫んで中では国防費をあげる行為は決して周辺国の理解を得ることができないだろう. 日本では国旗掲揚を ‘ミリタリズム’の復活だと軽視する風潮がある. これは過去日本がほしいままにした所作たちに対する意識ある人々の憂慮の表現であるでしょう. 靖国神もうで問題を巡って韓国と中国が批判をする理由を内政干渉だと対立せずに明らかに反省して処身しなければならない. 百言言葉にする反省より一番(回)のまともにできた平和意志が重要だ. そうなのに問題は日本人の言葉はそれこそ言葉に終わるのだ. これをアメリカ人の立場(入場)で見ればヒステリー患者のように見える.
隣り国々に言う言葉と思いやりが同時にできる日本を私たちは願った. そうするためには過去の日本行績に対する明らかで明らかな反省と補償が成り立たなければならないはずだったし, そういう実践なしに言うことはどの国も聞いて心に留めて聞き入れるわけはずがないからだ. 日本人たちは自分たちの得意である誠意を見せてくれるために相手が問題にしていない状況でも虚構的お詫びをする. そういう言葉をいつも入って来た相手は ‘日本人がそんなにひどい仕業をしたから今のお詫びは本気であって’と言いながらその態度を信じるようになる.
日本は果して精神的独立国か?
中国沈陽で日本大使館に亡命を要求しながら進入して入って来た北脱出者を中国警察官たちが強制で引っ張り出す事件があった. 空の条約によれば大使館は治外法権の場所としてどんな理由にも該当国の警察官がその所へ来た訪問者を許可なしに強制で退去させてはいけない. ところで中国がその不文律を破ったのだ. 中国は北脱出者を支援していた日本人加藤Hiroshiも逮捕した. 加藤は一週間にかけて中国公安の審問を受けてやっと釈放されることができた. 日本の外務省はこれに対して抗議したが無視された.
日本には外相がないことと同じか外務官僚にふさわしい能力者の不在だと考えられることが絶えず起こる. 失言だけ繰り返すことができるの真正な意味で周辺国と調和を導き出す政治的リーダーシップが不足だという証拠だ. 大部分の日本人が中国と韓国を含めた周辺国に及ぼした日本の害悪に対して正しい反省の態度を持たなければならない. そうではない限り日本は永遠にアジアの精神的属国になるでしょう.
日本の教育崩壊
日本では文部科学省が今までいわゆる認許可圏を活用して海外大学が日本で進出することを阻んで来た. しかしインターネットの普及で海外のどんな大学にも接続の可能な時代が渡来した. これからは時代におくれた対応方法ではその変化に付いて行くことができなくなったのだ. 大部分の日本大学は第3者によるより客観的な評価基準を用意していない. また学生たちによる教授評価と講義評価までも成り立っていない状況だ. したがって競争意識が存在しない中に学生が現在どんな講義を願うのか, 実際就業現場に投入されても無理がない位教育が成り立っているのかなどを評価するあてがないのだ. 大学の都合に合わせて一方的に授業を進行させているだけではなく, アナクロニズム的な今の状況さえ把握することができない.
15年前には世界 2位, 今は世界最下位
日本では今国際的でも国内的に単位互換に対していろいろに問題が発生している. 国際的に通用する単位, 学位構築に対する研究が切実に要求されている. スイスにある IMD(国際経営研究所)は毎年 49ヶ国の国際競争力を評価している. その評価によれば 1990年, 日本の国際競争力は 49ヶ国の中トップを占めた. ところで 2000年には順位が急激に落ちて 17位に下落した. この国際競争力評価とともに教育制度がどれだけその国の国際競争力に貢献しているのか順位を付ける大学教育評価も一緒に提示されていた. 1990年には順位が 2位だったが 47ヶ国の中最下位である 47位だった. 評価基準は ‘国際競争力を維持するために大学がどんなふうに貢献しているか?’するのだ. 次の世代を担う日本若者達の大学教育はこれから地面に落ちている. 現在日本人に対する評価は急速に変わっている. 日本での大学はキャリアとして認められることができないほどに墜落してしまった.
第2章 日本企業の競争力は古語 - すべての分野で追い越されている
技術対局から技術トエグックで
ひととき日本は世界最高の鉄鋼対局に上がるためにハイクオリティーのチープな鉄鉱石と石炭を輸入して臨海(臨海) 鉄鋼団地を建設した. 当時のイギリスは自分たちの方式にすぎるほど自信感を持っていた残り, 19世紀方式のみを固執して效率面で日本に大きくおくれてしまった. ‘技術対局’だったイギリスが ‘技術トエグック’で転落してしまったのだ. しかしこれからは日本が当時のイギリスのように技術トエグックの道を歩き始めた. 現在の日本はこの前の記述と制度にかまけているだけ, 自ら何らの変化も起こすことができない国家になった.
ホリカとは日本のどの製鉄会社で長い間勤めてアメリカも何回も訪問した. ところでホリカワが会社をやめるきっかけになった事件が起こった. ドイツの大型自動車会社であるメルセデスベンツ死がアメリカのクライスラー死と合併する前, クライスラー暮すホリカワが通った会社に鋼板収入を依頼して来た. 条件には鋼板にバーコードを付けてくれと言う要請が付いていたが, その会社にはバーコードシステムが導入していなかった. 当時情報担当室長だったホリカとは直ちにアメリカに調査団を送らなければならないと重ねて主張した. しかし経営陣はそんな無謀な要求は相手に計画を撤回するようにする行為と言いながら真剣に相対してくれなかった. そのように何らの措置を取ることができなかったまま時間だけ流したし, 結論を下すことができなかった会社は結局購買依頼が取り消しされてしまった.
バーコードは現在スーパーマーケットや大部分の小売り業に導入している. これを通じて商品別売上げと再考情報がコンピューターに管理される. アメリカではバーコードがトレーサビリティーTraceability, すなわち追跡可能性という側面で重要に思われる. 鋼板のバーコード化で自動車の鋼板がいつ使われたのかその履歴が分かるのだ. それならどうしてこんなにまで製品管理が必要だか. すぐ事故が起こる場合に対する対策だ. 事故が起これば当然その製品の履歴が問題になって責任追及をしなければならない状況が発生する. あの時早く情報内容が画面に表示されなければ管理システムの不始末さが露出する. 最近アメリカの食品業界は BSE(狂牛病) 事態をきっかけで牛肉の官吏が消費者たちの間に大きな関心事に浮び上がった. あの時追跡可能性が問題になった. 西欧先進国でバーコードは単純なストックコントロールのための道具ではない. このような事実をまともに認識することができなかった日本の会社が競争力を失うことは当たり前の手順だ.
好奇心を忘れてしまった日本企業
配送で有名なアメリカのペデックス(FedEx)は貨物運送を専門にする会社だ. 小さな書類から大型商品まで世界のどの所でも配送が可能だ. 一応依頼された書類(物品)には独自のコードが付けられて現在その書類がどの地点まで運びされたのか配送履歴がコンピューターを通じて読ませる. 配送時期が何時になることなのかに関する情報までも追跡が可能だ. このようなシステムはもう製造業と流通業, サービス業などほとんどすべての分野に侵透している. 顧客の問題にいくらパルゲデウングすることができるのかによって消費者の選択が変わる時代だ. 情報のグローバル化は想像以上の速度で広がっている. 日本は新しいことを好きで好奇心が旺盛だった国民性を喪失してから長くなった. 固定観念に抜けて新しい状況に対応することができない事例は現在日本の多くの分野と企業で現われている. 日本社会全体がすべてのものを高令化の責任で回して活力を失って退歩している兆しだ.
一応決まれば変わらない日本方式
日本の歴代内閣がどんな規制緩和方針を出しても実行された事はない. 日本人は誰かに規制を受ければ行動に移す. 日本地下鉄の駅の通り過ぎるように詳しい案内放送は日本に住む外国人に一番疎ましい騷音だと言う. プラットホームの端に近付かないでね, 電車を逃さずに乗りなさい, 品物を忘れないように気を付けなさい等々, 子供でもないのにあれやこれやそんな言葉を聞きたくないという考えは当然だ. しかし日本人には何か規制を受けながら買う方が自ら判断を下げなくても良いからこのようなシステムが楽だ. そんな規制やルールが一応定着されれば易しく変更されないのがも日本だ.
この間シンガポール政府は日本洗濯機の収入を禁止させた. 理由は ‘IEC(電気製品の国際規格)’の安全基準に相応しくなかったからだった. EU 主導の下 1995年 WTO(世界貿易機構)は IEC 規格を決めた. これはすべての電気製品を対象で耐久性, 耐熱性, 安全性など多様な項目を対象で 20余開国の専門家たちが作った厳格な規定だ. 日本には JIS(日本工業規格)という規格基準がある. 今まで JIS規格に合格した製品の大部分が IECの規格をパスした. それで今度事態は全然予想することができなかった事だった. しかしシンガポールを始まりにマレーシア, フィリピン, インド, 中国などでも IECの波紋が拡がって行った. 日本発ベスト商品の神話が世界ルールの変化であちこちで崩壊音を出している.
韓国ではチォゴデギアップで成長した LG電子が世界戦略を展開している. 家電製品製造社で世界 3位を目前に残した LG電子は電気洗濯機の輸出誌として東南アジアだけではなくヨーロッパ市場も視野に入れている. LG電子の品質管理センターでは 96ヶ国から毎月 100件の以上の情報を手に入れて緻密に分析するマーケットリサーチを通じて将来の戦略に備えている. 例えば, EUで電磁波が人体に及ぶ影響が問題視されれば直ちに電磁波検地器を準備する位だ. 韓国では国家次元でのバックアップ体制も堅固だ. 韓国大統領令 16850号によると IEC 規格に当たらない製品の回収と廃棄までも義務化されている.
日本金融商品の後進性
日本のどの銀行では預金残高を電話で知らせてくれる. ところで残高確認には便利だが他の業務を一緒に見るために銀行員との通話を希望する場合には連結にならない. 銀行にお問い合わせをしたくても担当電話番号も教えてくれないなど, 顧客の立場(入場)とは距離が遠いサービスだけ形式的に作って置いた. 韓国ではインターネットバンキングやテレバンキングを実施している. 登録さえすればいつでも自由に自分の口座をよく見るのが可能であり, 口座間の資金移動も初めに限度金額だけ設定しておけばいくらでも可能だ. 今世界はインターネットを通じて瞬く間に情報が伝える時代だ. 世界の顧客たちはどのようにすれば自分の利益を増大させてリスクを減らして問題が発生した時直ちに対応することができるかを模索する. 世界各国の関連法令はよく整備されていて市場インフラは安全か, 流動性リスクはどの位なのかに焦点を合わせて市場を見守る. このような世界的成り行きに日本の対応は温いだけだ.
日本には競争原理が存在しない
日本に渡って来たアメリカ友達が異口同声でこぼし出す言葉がある. それは日本では競争原理が機能をしないというのだ. もちろん日本にも競争原理が存在しないのではない. たとえば日本のスポーツ世界では結果だけが判断の基準だ. だから多くの優秀な選手が活躍することができるのだ. 険しいスポーツ世界は常に難しい競争に勝つための努力, 才能, ノーハウが要求される. 競争原理は当然ビジネス世界にも存在する. より良い製品を低い価格に提供して, より良いサービスを購入可能な価格で提供する. 競争相手を勝つためには絶えず努力しなければ弱肉強食の世界で生き残ることができない.
それなら日本の企業社会はどんなに動いているか? 世界的に活躍している産業である自動車, コンピューター, 通信, 航空運輸, ハイテク関連企業は全世界の市場化のためにグローバル戦略を立てて対応している. そうだから競争原理が作動するようになる. しかし外国企業と直接競争に処しない産業や企業は規則という壁に取り囲まれて競争原理を全然稼動しようと思わない. その結果価格が高くなる. 例えば, 電力料金で日本はアメリカの二倍だ. 実はこういう高額の電気料金が日本の産業に役に立たないということは間違いない. 全力を大量で消費する分野である日本のアルミニウム産業は今は亡びたことに違いない. 通信料金をよく見れば, アメリカで日本にかける通話料金は 1分に 15セント(約 160ウォン)で 75セントの間だ. ところで日本でアメリカにかける通話料金は 1分に 150円(約 1,500ウォン)だ. これは日米間摩擦の一つでアメリカの情報産業が日本市場で進出しようと思う時大きな NTB(ノンタリフバリアー)になっただけでなく, 日本人自分にもすぎるほど高い接続料金が日本の IT普及を邪魔するから重大な損失に違いないのだ.
アメリカでは高速道路は原則上無料だ. 有料の場合は特別に足がかかられた通路などに限定されている. 高速道路が無料というのは物流費用に影響を与える. この前に日本の高度成長期には日本の国土の狭い点がむしろプラスと作用して広範囲なアメリカと比べて物流, 運送費用を少なく負担するという利点があった. しかし今のあまりにも高い通行料金は日本の競争力を大きく低下させる原因になっている. サービス料金中に特に高いのが ‘公証人による書類証明料金’だ. 日本では一書類当たり 1万円(約 10万ウォン)以上利くこともある. これらが皆法的規制のためだ.
第3章 日本人の限界と考えの壁 - 日本方式は日本でばかり通じる
日本人とは友達になることができない
スリランカ出身で東京のどのエスニック料理の店でウエーターに働いているクメルという友達の話だ. クメルはたびたび来るお客さんの中で私邸モットーという人と分かるようになった. 二人は料理の店ウエーターとお客さんという関係だがお互いに気が合う間になった. ある日Sakamotoがクメルにスリランカに対して問った. Sakamotoの会社がスリランカと取り引きするようになって情報が必要だったようだ. クメルのお姉さんはスリランカの首都だったコロンボに住んでいるし, そのご主人は国会議員ながら多くの従業員を従えた工場を経営していた. それでクメルはSakamotoにお姉さんの住所を教えてくれてそこに問い合わせて見なさいと教えてあげた. Sakamotoが取り引きをするようになった所はクメルの妹兄の経営する工場ではなかったが, 取り引きはよく成事になった. 問題が起こったことはその後の仕事だった. クメルがSakamotoをパーティーに招待したがいつも拒絶ばかりするだけ少しも近くならなかった. そうしたある日Sakamotoは一通の封筒をクメルに渡してくれたが, その中には 1万円紙幤が一枚入っていたと言う.
クメルは日本へ来る前から仏教研究をしていた. 日本の大学院で仏教研究を完成しようと日本へ来たのだ. それで学費と生活費に加えるためにバイトでエスニック料理の店のウエーターをするようになったのだ. とにかくSakamotoとの関係は相変らず料理の店のお客さんとウエーターというフレームの中から出ることができなかった. 彼がSakamotoにお手助けになったことはお金のためではなかった. スリランカなら双方の引き延ばしと血続きを信じて取り引きすることは当たり前なことだと言う. ただ, そんな場合はお互いに虚心坦懐に話すことができる友達になることだと言う. クメルの口では日本人は表と中が分からないという話が自然に流れ出た.
日本人にはユーモアを書かないで
Aさんは 3線の日本衆院議員だ. いわゆる農水産系列で分類される議員として今まで何回同僚議員たちと海外に査察をナがボン経験があった. ところで今度夏アメリカを訪問する前には他の時よりずっと緊張した. アメリカの農水産団体との集まりで演説をしなければならなかったからだ. Aさんは秘書たちと同僚議員たちに助けを要請した. 助言たちがでたらめに溢れ出る中に唯一に彼の気に入る言葉があった. ‘外国人, 特にアメリカ人たちはユーモアが好きだ. ユーモアをよく駆使したら相手と易しく親しくなることができる!’は提案だった.
いよいよ Aさんに重要な決戦の日になった. 彼は今まで工夫をしておいたユーモアを素敵にお目見えするところだった. “日本で米が株式というのはみなさんも存じると考えられます. 実はアメリカを漢文で使えば 米国(日本はアメリカを漢字で書く時米米者を使う), すなわち米の国になります. 米と米が会ったわけですね! だから米問題は仲良く解決して見るようにしましょう! ハハハ!” 彼は一人で笑った. 瞬間会議場は沈黙に包まれた. 同時通訳中ではあったがアメリカ人たちが理解ができなかったからだ. 一番苦しいがった人は外でない通訳士だった! 日本語が分かって漢字を知り合いならこれが似ている単語で作られた言葉の遊びに過ぎないのが分かることができる. しかし会議場の反以上を占めていたアメリカ人にはこれをどんなに説明しなければならないか. 江戸時代の詩調や日本伝統芸術まで搖り動かして言葉の遊びをしなければならないか. アメリカを ‘米国(アメリカ)’と書く国は漢字を使う国々の中でも日本だけだ. 中国や韓国では ‘米国(アメリカ)’と言う. 通訳士の言葉を聞いたアメリカ人たちの表情もまちまちだった. 会議場は完全に沈黙に抜けてしまった.
ジョークとギャグ, ユーモアには何種類の種類がある. アメリカにももちろん言葉の遊びがある. しかし英語には日本語のように同音異義語が存在しないからその種類が多くない. レーガン大統領はジョークの達人でよく知られている. 在任当時, レーガンは狙い撃ちにあったし迅速に病院に移された. 病院で手術をする時レーガンは刀を持ってすぐ手術を始めようとする医者にこんなに問ったと言う. “手術の前に一つ問って見たいのがあるのにね! お前は共和党員か?” いつもジョークを忘れないというアメリカ人らしいエピソードだと言える. 日本人がユーモアを疎かに考える人種という事実は広く知られている. それでアメリカ人たちも一般的に日本人にはジョークをしない. ビジネス席上で下手なジョークを取り交わせば真実ではないと批判を受けることができるからだ.
日本でばかり通じる方式
日本人たちはアメリカ人はたいてい率直だからなんでも打ち明けて話す関係を重視すると思う. しかしアメリカ人との対話にもタブーがある. ハヤカとは建物を出てため息をついた. もう夕方になってしまった. 午前から始めたビジネス交渉はそうし次第に成功的だったし契約を締結する段階にまでなった. 海外営業では詳細な部分まで整理してから契約しなければならない必要がある. したがって限り瞬間でも緊張を延ばしてはいけない. 日本にある時ようならば仲間とカラオケやスナックバーに行ってお互いに不平を言うとか冗談をして行きながら大きい音で歌を歌えばストレスが解消された. しかしこういう時であればあるほど一人で乾杯するほうが良いと思った. ‘ゴールデンイーグル’という品位ある小さなネオン看板が輝いていた. 平日のせいなのかお客さんは少なかった. ハヤカとはちょっと酔った気持ちにビジネスの成功もあって一緒に喜んでくれる相手を求めていた. バーテンが話を受けてくれるのが嬉しくて何杯を一緒にして見たらあらゆる話を交わすようになった.
雰囲気良いところが気に入ったハヤカとは対話の主題を変えた. “今日はお客さんが少ないようだが, どう? 商売はうまく行くか?” 早川がこんな言葉を取り出すやいなやバーテンの表情が変わった. 驚いた早川が弁解するように言うとバーテンはもっと高圧的な態度を見せながら言った. “お客さんだと言葉を合わせてくれたら, 分かってみれば主人が見張りなさいと送った遊ぶことだな! 私は熱心に働いていて! お客さんが少ない渡してせいではないというのよ!” ハヤカとはやっとビルで祈って容赦を受けた. ‘商売はよくなって!’ということは言ってはいけない. わずかばかりの周りのお客さんたちも非難の目つきを送っていた. 文化の差があるというのを彼は分からなかった. アメリカでは個人の事業関係や自分の会社の経営状態(給料を含んで)と言うどこまでも個人的な情報で扱う. 相手が先に取り出さない言葉は個人の私生活だ. その私生活に関する質問は許諾されない.
一友達は自分の経験を私に話してくれた. 彼がアメリカのどの空港から市内ホテルまでタクシーに乗った時の事だ. その人は日本でタクシーに乗る時と同じく何の考えもなく通り過ぎる言葉で運転手に声を掛けた. “このごろ競技(景気)はどうです?” するとタクシー運転手が道路周辺に車を止めたらこんなに大声を出したと言う. “None of Your Besiness!!(お前と構わない事なの!)” その席で車の外で追い出しそうな勢いだったと言う. 早川が経験した事とほとんど似ている経験だった. 日本人の方式が全然通じない場合は数えきれないほど多い. 一番日本的なことが一番非世界的という事実が分からなければならない時だ.
第4章 日本である位扱いやすい民族もいない -日本人の弱点はもう把握された
分け隔てが好きだ(?)
何年前毎日新聞の夕刊 1面にショッキングな記事が大とびらだけするように出た. <香港のホテルたち日本人にだけふっかけ料金!> “グロしたな!” 旅行代理店を運営するダカーなさるため息をつくしかなかった. このごろになって香港旅行顧客数が急速に減った. 香港が中国に返還されたからだ. かつての 3年間は ‘共産主義に編入される前の自由な香港の最後のチャンス’という理由で日本で需要が急激に増えた. これからは返還後なのでどの位需要が落ちることは仕方ないが, それでも香港は自由だ. そんな点を広報して見たが人々が集まらないのだ. その原因の一つが相対的に高い旅行単価だった. 実はダカーなさる商売柄の経験で延ばして香港の中国飲食店たちが日本人に対してよほどぼっているという裏事情が分かっていた. 相手が日本人お客さんなら伊勢えびや転覆など高級料理のみを勧めている. 海外旅行でもあったわけに気持ちが浮かれている日本人旅行客もそういう勧誘を厭わない. 高橋の仲介料(リベート)もそれほど多くなるから結局は良いことが良いことと思っていた.
しかしホテルの二重価格に対しては事情が違った. そういえばダカーなさる最近香港旅行を行って来た顧客たちを対象にした営業がうまくできなかった. 人々がこの二重価格のシステムと日本人だけ狙ったひさごを気づいてしまったからだということをダカーなさる後こそ分かった. ‘日本人には 3倍’というホテル料金はあまりにも度が過ぎると思った(日本人観光客は相手が多少の暴利を取っても問題をしないし, 悶着が出るのを願わない傾向が強いというイメージが観光業に携わる大部分の外国人たちの間にマニュアルのように定着されている). ダカーなさるあらゆる悩みに陷った. 二重価格制が存在する韓, 日本の旅行代理店が今までと同じ方式では勝算がないというのが明白だった. ‘この中赤札’の存在は本当に深刻な問題だった. しかしどうして隠されていた ‘この中赤札’が暴露されただろうか. 記者は日本から来る友達のためにホテルを予約するために旅行代理店を訪問した. “あなたは広東人と見えるが日本人の名前だから損害ですね. ホテル料金は日本人とその以外の国人が違うように適用されるから.”と香港であるオフィスレディーが言ったのが発端だった. 記者は ‘秘密料金表’を手に入れてその記事を書いたと言う.
サス騷動以後香港も日本人観光客の幼稚に率先している. 日本人たちは餌に集まって来た魚のようにそのまま良い餌じきになった. ダカーなさる再びこの中料金が大手を振るといううわさを聞いた. それでも日本人観光客は集まって来た. こんなに分け隔てを受けてもどんな不平なしにまた行くのが日本人だ. ダカーなさる同じ国人として嫌気を感じているようだった.
日本人の売春観光は目によく立つ
‘ジャパンプレミアム’という単語は経済分野で以前から使って来た用語だ. 日本のバブル経済が崩壊された後, ‘忘れてしまった 10年’という正体状況ができたがそこには全面的に日本の金融政策及び金融会社の無能さが助けになった. CDSという経済指標がある. credit default swapというのに, 贈り物金融などではじめからリスクを勘案して投資する愼重な商品を称える言葉だ. この CDS 金利で遂に日本の東京三菱銀行が韓国の韓国産業銀行よりも高いプレミアムを付けなければ融資を受けることができない事態に直面した. ところで日本経済の正体状況に反比例でもするように相変らず海外観光地には日本人が集まって来たし, この前の泡経済時代のフングチォングマングチォングした記憶の残っている日本人たちは自らをまだ金持ちと思う錯覚に陷っている. しかし最小限今ではない. 10年間の正体で日本人が自由に流用することができる個人的資金は 10年前と等しい. 東南アジア一帯に ‘日本人 = 父子’という認識が植えられたことはその間過ち処身して来た日本人に全面的な責任がある.
タイでは日本人も独逸人も売春観光の主要顧客だ. タイを訪問する独逸人男性はひたすら性売買が目的な人もいる. しかし決定的に日本人と違う点がある. 日本人団体観光客はホテルでバスに乗って出る時は庭園の半島満たすことができないまま出発して帰って来る時は二倍になるというのだ. すなわちガイドが用意してくれた場所で女を連れてホテルに帰って来るのだ. 独逸人たちの場合ガイドに案内を受けることまでは日本人とまったく同じだ. しかし帰って来る途中には団体行動をしない.
第5章 日本人が無視される理由 - ルールが変われば力が使う事ができない
不満を申し立てない
日本人はたびたび力の前には屈服しなければならないというふうの発想をするから, 力が強い者から不当な事にあっても黙っている場合が多い. こんな事実は特にアメリカ社会に広く知られている. 日本人は不満を申し立てないから扱いやすいという評判なのだ. またアメリカ社会は不満を申し立てないことは承服を意味するという文化を持っている. 松山は長い間アメリカで生活した日本人だ. ワシントン郊外のメリーランド株に住んでいるし, コンピューター会社に勤めている. 家族と一緒に史跡地を振り返ることを週末の楽しみにしていた. どの週末, 松山家族はペンシルベニア州のゲティズボグに行く事にした. リンカーンの演説で広く知られた南北戦争の激戦場だ. ‘すべての市民は平等だ’はリンカーンの演説はあまりにも有名だ. リンカーンはこの演説終わりに後世に電解質名言を残した. ‘国民の国民による国民のための政治!’という言葉はデモクラシー政治の基本原理を易しく表現している.
せっかくのドライブは完全な解放感を味わうことができるようにしてくれた. ところでパトロールカーが松山の自動車横に近付いたら ‘車を止めなさい!’は信号を送った. ‘この高速道路の制限速度は 60マイルだが, あなた満ちる 68マイルで走ったからスピード違反で罰金を賦課する’と景観はかさぶたを切った. そうして景観は 2株以内に罰金を支払うとか, もし速度違反をしなかったと主張しようとすればそれを立証する必要があると言った. 妻カズには大学で教職にあるWatanabeという友達に相談して見ようと提案をした. 警察に精通したWatanabeはメリーランド株でも黒人とアジア人の乗った車が不当に標的になるという事実を説明して, 具体的に解決する方法を知らせてくれた. “まず君が乗っている車の速度計が正常に作動している上げる株価認める自動車会社で検査を受けて, その証明書を取得するのが解決の方法だ.” すなわち, スピードメタをチェックしてメタが正常に作動しなければ責任を兔れるようになる.
松山はまさに検事を始めた. するとスピードメタが故障という結果が出た. 松山は違反かさぶたが無效という判決を受けるために証拠を準備していよいよ交通関連簡易裁判所に行った. 検査結果は検事長の死因がある書類で明白だということを松山はジャッジに説明した. “分かりました. それではスピードメタを 2週間以内に直すようにしてください. 今度違反かさぶたは無效で処理します.” 松山の息苦しかった気持ちがいっぺんにとけた. Watanabeに助言を聞かなかったら, 150ドルの罰金を支払ったはずだ. 日本でもスピードメタ誤差は許容範囲内にいれば問題にならない. しかし日本では一応かさぶたが切られればいくら抗議をしても受け入れられないからあきらめるしかないが, これに比べてアメリカは政府に抗議することができるシステムがある.
感動を忘れてしまった日本人
日本人, 特に ‘若い人々が好奇心を喪失している’と言う指摘をよく受ける. 例えば, 何のプロジェクトでとてもすぐれたアイディアが出たと言おう. それでも全然感動を現わさない人はいつも日本人だ. 日本人は他の外国人たちが感動するとか面白がることをいくら見せてくれても感動するどころか説明に耳を傾けないという話は観光業界ではもう常識になっている. 私が分かる岡田という方は年歳が 80に達するのに, 海外旅行でヨーロッパ, アフリカ, キューバ, 中国を振り返って, 日本国内ではテニス, 山行, ダンスを楽しむなど休む間がない. 彼女はいつも積極的に暮して来た. 子たちは各各独立して, 5年前にはご主人が世を去っていわゆる楽な独身生活をしているからすべてのものが自由だ. 私は彼女がスペインでホームステイをした時の体験を聞くようになった. 彼女はスペイン語会話教室に通う間そこで学んだことを試して見たくてスペインでホームステイをするようになったと言う.
会話教室で同じ受講生だと言っても一人だけ 40台主婦だったし, その外は孫のような年齢の男女だけだった. ところで彼女と一緒にとどまるようになった仲間は日本の延長線上にあるような態度でホームステイでとどまる家でその家族たちにあいさつ一言もできなかった. スペイン語教室に通ったからあいさつ位は分かっているのが明らかだが, ぶっきらぼうにいるだけせっかく学んだ会話を試して見ようと思わなかった. 一日はホームステイ家族が気を使ってくれて近くの周辺を案内してくれた. その日案内受けた所は修道院だった. イエズス会の詩調イグナティウスロヨーラと縁がある教会として参礼の名所になっている所だった. しかし日本人若者達は説明を聞くともしなかった. スペインを無視してひたすら優越感に染まっているだけだった. 世界にはスペインの植民地だった国々が多い. この前に航海時代のスペインは多くの国を支配して多くの人才を派遣したが, そういう地域から何も学ぼうと思わなかったからむしろ自国が共同化されてやがてイギリスに覇権を奪われるようになったのだ. 日本も当時のスペインと似ているかも知れない.
日本の若者達はその後にも少しもスペイン語を言おうと思わなかったと言う. 若者達は機会さえあればスペインと日本を比べてスペインに対して陰口をした. 遂に彼女はじっといることができなくて ‘言語を通じて外国の文化を学ぶことで, それが世界人に行く近道’と, 若者達の心をけしかけるものを言って見た. 偏見を捨ててありのままのスペインを見ようとする心が彼らには最初からなかったからスペインへ来た旅行自体が無駄な無駄使いで見えた. 忍耐心を発揮して彼女は分かっている範囲内ですべてのものを話してくれた. ‘スペインがヨーロッパの中でどんな位置にあるか’から説明を試みた. この前にスペインはイスラム圏だった. いわゆるレコングクィスタで国内のイスラム教徒をジブラルタル海域の南に放逐して, アラゴンとカステリア両国を合併した後熱烈なキリスト教国家として出発したのだ. しかしこの若者達にいくら興味を誘発させようと思っても結局その試みは虚しく終わった.
スペインの習慣に ‘シェスタ’というのだ. 午後の昼寝だ. そうして会社に帰って熱心に働いて再び家に駆けて来てシャワーをする. そして 9時や 10時頃にまた出てオペラを見るとか外で外食をしたりする. こんな文化的差も日本の若者達には物笑いの対象しかならないようだった. 彼女の話を聞き終わる絶望的な気持ちに抜けた. どうしても大部分の若者達が好奇心と学ぼうとする心を喪失していることは明らかに見える. このような成り行きは若者達にだけ限っていない. 日本人に何を提供しても何の反応を現わさないということに私は多くの国人々から入った. 何を見せてくれてもどこに連れて行ってもどんな人に会っても全然感動しないのだ. 日本人に対するそんな良くない評価が国際的に形成されて行っている.
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