「当時、パリでは日本文化がちょっとしたブームだったんです。フランス映画界では、スシを食べにいくことがステイタスだったり(笑)。私も日本文化 には良いイメージを持ってたけど、人とは違うことがやりたいタイプ。だから、最初は韓国語を勉強して『韓国語の話せる珍しいフランス人』になろうとしまし た」
米国留学にて演技、ポルトガル語、ジャーナリズム学んだ後、パリに戻って東洋語学院に入学。親に甘えず自分で学費を払うためにアルバイトをし、 韓国語を専攻した。ところが、学生数が少なすぎるために学科そのものが廃止という事態に!
「日本語学科には3000人も生徒がいたけど、韓国語は16人だったからしょうがないよね(笑)。で、もともと好きだった日本語を学ぶことにし たんです。これが日本に行くひとつのきっかけになるわけだから、人生って本当にどう転ぶかわからなくて面白い(笑)。無計画のように見えるって? いや、感性のままに好奇心のおもむく方向へ向かうことが、私の生き方の基本ですから。人生こそ旅そのものですよ!」