
日本で最初の西洋人芸者「紗幸」
天然のくちば色の髪と青い瞳を持つフィオナ・グラハム博士は平均的な芸者ではない。平均的な芸者というものが存在すれば、の話だが。実際、「紗幸」の源氏名を持つグラハム氏は、何の変哲もない普通の芸者だ。
芸者修行は、オックスフォード大学の学者であった紗幸の文化人類学の研究として始まった。1年にわたり日本の芸事の集中特訓を受けた紗幸は、外国人として初めて芸者の認定を受け、2007年12月にプロデビューを果たした。修行は厳しい。多くの日本人の若者がデビューに到達する前に脱落する。
芸者の世界が依然、外国人を寄せ付けないことを一因に、様々な誤解が生み出されている。最も顕著なものは、芸者の役割がセックスを前提としているというものだ。実際のところ、芸者は日本の伝統的な舞踊と音楽に秀でたプロのエンターテイナーだ。一生を通じて芸事の訓練を受ける芸者は、人間国宝といった名妓になる者もいる。
機知や話術で名高い芸者は数世紀の間、茶屋でのもてなしに呼ばれてきた。日本語が流暢な紗幸の役割も、他の芸者と変わらない。芸者であることが第一で、外国人であることは二の次 ─ 紗幸の客の大半が日本人である事実がこれを証明している。
ただ、第三者の紹介なしに見込み客に会うことはない多くの芸者と異なり、ハイテクに詳しい紗幸は西洋式のイノベーションを活用する。紗幸はミニブログ「ツイッター」のアカウントを持っており、さらには自身のウエブサイトを通じた座敷の予約も喜んで受け付ける。
紗幸は自身の役割を真剣に受け止める ─ 宴会に呼ばれるのはステージに上がるのと同じこと、芸術を演じることだと。紗幸は芸者志望の少女たちから電子メールを頻繁に受け取るという。誰かが他人に対し、バレリーナになりたい、とメールを書いているのを想像できるだろうか、と紗幸は言う。チュチュを着ているからといってバレエが踊れるわけではない。芸者もまた同様で、われわれはアーティストなのだ、と紗幸は語る。
学究的世界と紗幸が仕事に励む浅草の花街は天と地ほども懸け離れているかもしれないが、師匠のもとでの長期間の修行が芸者デビューにつながった。修行は多くを要求する。横笛や三味線といった伝統的楽器の演奏を習い、適切な季節の花をあしらった着物を選べるよう植物の知識を習得する。
一方で紗幸は昨年、自身の学究的な経歴と芸者としてのキャリアが重なり合う経験をしている。慶応大学で、芸者と伝統的な日本の芸術に関する講義を行ったのだ。
これまでにビジネス書を7冊執筆している紗幸は現在、コマーシャルのスポンサーを探している。日本に約8万人の芸者が存在した1920年代、芸者は資生堂の化粧品やアサヒビールの製品などコマーシャルに頻繁に登場していた。紗幸はこの伝統の復活に熱心に取り組んでいる。コマーシャル出演で得た資金を、一般的に非常に高いと言われる新人芸者の訓練に使用するのが目的だ。
伝統的な階層制が存在する世界においてのフラストレーションにもかかわらず、多くのプロジェクトを抱える紗幸は、芸者の世界から去る計画は今のところないという。永遠はあまりに長いが、目下のところ、引退の予定は立てていない、と紗幸は話した。
http://blogs.wsj.com/japanrealtime/2010/07/27/sayuki-geisha-with-a-difference/