鮮京織物株式会社は満州に織物輸出を行っていた鮮満超鍛株式会社と、京都織物株式会社の共同出資で設立されたものである。京都織物は日本における統制強化の結果、服地の朝鮮内需要に答えられなくなり、現地生産を決断した。
http://www.jaas.or.jp/pdf/50-3/p65-84.pdf
戦後、鮮京織物の機械主任であった朝鮮人が、朝鮮国からこの会社の設備をそのまま譲り受たのが鮮京財閥の始まり。
鮮京は朝鮮読みでソンキョン。これがSKとなった。
国営だった“移動通信”を盧泰愚の娘に“婿入り”させ、民営の権利をもぎ取ったのがSKテレコム
朝鮮人の殆どは“京”が京都の事だとはわかっていない。朝鮮の京(みやこ)と思っている。
まあ、殆どの朝鮮財閥は日本の設備を朝鮮国から払い下げてもらって始めたと考えて良いだろう。