6・25戦争は北朝鮮の南侵で数百万人の死傷者と天文学的な経済的被害を残した戦争だ。
その後遺症で南北韓の軍事的緊張と1千万の離散家族の苦痛がいまだに続いている。
我が民族として忘れることもできず、忘れてもいけない悲劇的な戦争だ。
最近、中国の習近平国家副主席は「6.25は平和を守ろうとする侵略に対立した正義のある戦争」
と発言し、中国政府は「これが中国政府の定論」とし、我が国民を怒らせている。
それでは我が国民は6・25をきちんと分かっているのか。
6月、行政安全部の調査によると大人の20%と青少年の36%が6・25をきちんと知っていない事が分かった。
その理由の1つは、学校で6・25をきちんと教えていないからだ。
現在6・25が記述されている科目のうち、必修課目では中学校3年生の社会の教科書があり、
選択科目では高校韓国近・現代史がある。
ところで中学校社会3年の6・25についての内容を見ると驚くべきことにただ数行書かれているだけだ。
筆者が見た8冊の社会検認定教科書のうち2冊だけが南侵という表現をし、
6冊の教科書は南侵表現もなく、簡単に言及して6・25がどれだけ悲劇的な戦争で、
我が歴史上にどんな意味を持つのかきちんと記述されていない。
各教科書の6・25関連内容は次のとおりだ。「北緯38度線を境界とし、
米国とソ連によって南と北が分割され占領された。
その後、強化された冷戦体制の影響で6.25戦争が起こり、南北分断の状況は固まった」(教学社A)
「1950年6・25戦争は南北が同じ民族ながら互いを憎む悲劇をもたらし、
1960年代末まで南と北の敵対的対決状態は持続した」(教学社B)
「その後、南北は敵対的な体制と理念の下で、互いに対立した。この過程で南北は6・25戦争の惨禍を経験し、離散家族の痛みを経験することになった」(地学社)
「南と北には互いに違う理念を持った政府が入り、1950年にはとうとう6・25戦争まで起こった」(トンファ社)
「結局1948年に南北韓には2つの互いに違う政権が入ることになった。それに1950年に6・25を経験し、南北間の敵対関係がずっと深くなり…」(金星)
「1948年に南北それぞれの単独政府が樹立された。以後6・25戦争を経験した後、韓半島は左右イデオロギー争いの激戦場になり…」(高麗)
「ソ連の支援を受けた北朝鮮が1950年に南侵を敢行し、1953年に休戦協定を結ぶことで今日のような分断状況になった」(中央教育振興研究所)
「分断の混乱の中で北朝鮮は韓国を共産化するためにソ連の支援の下、1950年6・25戦争を起こした」(ティディムトル)
中学校社会教科書で外国地理、例えばアフリカ、南アメリカ地理もそれぞれ10ページ以上もあるのに6・25は数行しか記述していない。
6・25がアフリカ地理よりも知る必要がないという意味か。
結論的に高校で韓国近・現代史を選択しない生徒たちは6・25について学ぶことは先述した中学校社会3年の教科書数行が全部であるわけだ。
こうした状況で中国リーダー妄言を責める資格があるのか、自己恥辱に陥る。
自分の歴史も知らず、歴史から教訓を受けることができない民族がどうやって発展することができるか。
このような歴史書を筆を執って、検定して、教える過程で幾多の人々が関与したのに、どうしてこんなことが生じたのか理解できない。
これまで問題提起されなかったのか、でなければそのような問題提起が黙殺されたのか。
6・25だけの問題ではなく、我が国の教育システムの問題だと思う。
合理的な国民意識なしに先進国になれない。
これまで入試制度に埋没したからか、本当に重要な教育内容に対してはまともに問題提起すらされなかった。全般的な検討と対策が至急だ。

http://japanese.joins.com/article/article.php?aid=134688&servcode=100§code=100
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朝鮮人って歴史が本当に分からないんだね(・∀・)
日本と中国の対立があると中国の属国としての立場を強調するけど、
朝鮮-戦争で朝鮮人を殺したのは、中国人民軍だった事実を忘れているようだ。