40年前の1970年2月11日
日本初の純国産人工衛星が純国産ロケットL-4S5号機で打ち上げに成功した。
この日、日本は世界で4番目の自力での衛星打ち上げ国になった。
前年にアメリカが有人月面着陸に成功しているから、その格差は比較のしようもなかったが、
日本も宇宙開発で世界をリードできるようになる一歩となったのは間違いない。

日本初純国産衛星「おおすみ(Ohsumi)」
名称 おおすみ 国際標識番号 1970-011A 開発の目的と役割 ミューロケットによる人工衛星打上げ技術の習得と衛星についての工学的試験 打上げ 日時 1970年2月11日 13時25分 場所 鹿児島宇宙空間観測所(内之浦) 打上げロケット
L-4Sロケット5号機
構造 質量 24kg(第4段モータの燃焼後) 形状全長1000mm
最大直径480mm(ロケットの第4段モータ部)
2本のフック型アンテナ、4本のベリリウム・カッパーのホイップ型アンテナ(円偏波)を備えている

縦方向加速度計
ストレーンゲージ型温度計
テレメータ送信機
ビーコン送信機
パイロット送信機
電源として容量5AHの酸化銀-亜鉛電池を搭載 運用停止日 1970年2月12日 落下日 2003年8月2日 運用
発射後約2時間半を経過した15時56分10秒から16時06分54秒までの間、内之浦で信号電波を受信することができ、地球を1周してきたことが確認された。その後電波の受信レベルがだんだんと低下し、翌2月12日第6周の受信はきわめて微弱な信号を捉えたのみで、第7周目では受信できなかった。この結果、「おおすみ」の信号は発射後14~15時間で途絶したものと思われる。原因は予想以上の高温になったため、電源容量が急激に低下したものと考えられた。衛星はその後も地球を周回し続けたが、2003年8月2日05時45分(日本標準時)、大気圏に突入し、消滅した。再突入した位置の直下は、北緯30.3度、東経25.0度で、北アフリカ(エジプトとリビアの国境あたり)である。
L-4S
ランチャーに装着されたL-4S-5(1970年2月、内之浦宇宙空間観測所)
発射直後のL-4S-5(1970年2月、内之浦宇宙空間観測所)
第1段 補助ブースタ 第2段 第3段 第4段 全長 m 16.522 5.772 8.141 4.067 1.104 重量(点火時) kg 9399.0 1005.0 3417.6 943.1 111.0 重量(燃焼終了時) kg 4507.0 381.0 1562.5 394.9 23.05 推進剤重量 kg 3887.0 624.0 1845.0 547.5 87.95 質量比 1.982 2.187 2.388 4.816 比推力 sec 215.0 220.0 242.9 249.3 254.0 重心位置(点火時) % 59.0 52.9 63.0 61.8 64.5 重心位置(燃焼終了時) % 43.2 54.3 49.6 44.8 55.7 慣性能率Ix(点火時) kg,m,sec2 79.89 25.48 3.52 0.259 慣性能率Iy(点火時) kg,m,sec2 16192 1259.4 99.71 0.436 ネット・ペイロード kg 6.6 36.3 7.62 グロス・ペイロード kg 7.6 96.1 8.42 最大直径 mm 767.0 310.0 767.0 548.0 483.0このL-4Sは、今でも衛星を打ち上げたロケットとしては世界最小の記録を持っている。
そして当時不可能とされた無誘導・重力ターン方式での軌道投入に世界で初めて成功したロケットでもある。
そして、その打ち上げ方式で衛星を軌道に載せた経験の有る国は日本だけだ。
韓国人は今から40年前に日本がまったく独自に自力で衛星打ち上げの成功をしてるのが信じられないらしい。
39年後の韓国が、ロシアからロケットの大部分を購入しただけの打ち上げでも失敗しているのだから
韓国人が信じられないのも仕方ないか。