尖閣衝突:仙谷長官、中国に事前通
報「今日、船長釈放」
2010年12月6日 2時35分 更新:12月6日 4時51分
「今日、釈放されます」。臨時国会召集を1週間後に控えた9月24日午前、仙
谷由人官房長官から在日中国大使館の孔鉉佑公使に電話で連絡が入った。
沖縄県・尖閣諸島沖で海上保安庁の巡視船に衝突した中国漁船の船長釈放を
那覇地検が発表したのは同日午後2時半。釈放決定は首相官邸中枢から中国
側に事前通報されていた。
当時の政府の説明では、仙谷氏は官邸で柳田稔法相(当時)と協議中の午後
0時半、法務省から連絡を受けた滝野欣弥官房副長官から検察の釈放判断を
知らされたことになっていた。官邸は「検察判断」を強調していたが、実際には
周到に仕組まれた政治判断だったことが、複数の関係者の証言から次第に明
らかになってきた。
事件が起きた9月7日、海保を所管する前原誠司国土交通相(当時、現外相)
は海保が15分ほどに編集した衝突時のビデオ映像を見て「ただちに逮捕、た
だちにビデオも公開すべきだ」と官邸に報告した。中国の反発を警戒する仙谷
氏は逮捕に否定的だったが、菅直人首相は前原氏に同調。石垣海上保安部
(沖縄県)が8日未明に船長を逮捕した。ビデオについては仙谷氏が「(刑事訴
訟法に基づく)証拠品だ」と主張し非公開と決めた。
転機は19日、那覇地検が請求し、石垣簡裁が認める決定をした船長の10日
間の勾留延長だった。検察当局は国内法に基づいて粛々と対応し、仙谷氏もそ
の「建前」を通したが、官邸関係者は「仙谷氏はその瞬間から釈放に動き始め
た」と明かす。
仙谷氏は20日、菅首相と公邸で約3時間協議。内閣改造で外相に横滑りした
前原氏、外相から民主党幹事長となった岡田克也氏も約30分間加わった。対
中関係の悪化にいら立つ首相は「一刻も早く対応してくれ」と言い残し、国連総
会出席のため22日にニューヨークへ出発。しかし、23日には中国からのレア
アース(希土類)の対日輸出がストップし、建設会社の邦人4人の身柄が中国河
北省で拘束されたことが発覚。状況は緊迫した。
日本時間の23日深夜、前原氏はニューヨークでクリントン米国務長官と会談
し「日米安全保障条約は尖閣諸島に適用される」との発言を引き出した。仙谷
氏は首相、前原氏と電話協議し、釈放の環境が整ったと判断。24日未明
「近々、釈放する」と少数の関係者に伝えた。首相も日本時間の24日朝、オバ
マ米大統領との会談で「冷静にやっている。近く解決する見通しだ」と釈放を示
唆した。25日未明に処分保留で釈放された船長を中国政府がチャーター機で
石垣空港に出迎えた素早い対応の背景には、仙谷氏から中国大使館への事
前連絡があった。
このころ、菅首相は11月に横浜市で開くアジア太平洋経済協力会議(APE
C)首脳会議をいかに成功させるかを強く意識していた。日中外交関係者は「中
国側から仙谷氏には『APECに胡錦濤国家主席が来ても、このままでは菅首相
との首脳会談はできない』と伝えていた。これが殺し文句だったと聞いた」と振り
返る。
結果として、このタイミングでの釈放判断が「中国の圧力に屈した弱腰外交」と
の批判を浴び、首相や仙谷氏が「検察の判断」として責任を回避するような発言
を繰り返したことが政権批判に拍車をかけた。
菅首相は臨時国会初日の10月1日の所信表明演説で「政策の国会」「熟議
の国会」を掲げ、政策論争を通じて与野党の接点を探ろうとした。しかし、これ
以前に菅政権の国会戦略は崩壊への道を転がり始めていた。
国会は尖閣問題が最大の焦点となり、最後は仙谷氏と、ビデオ流出時の馬淵
澄夫国交相の問責決議可決という、予期せぬ展開で今月3日に閉幕した。尖閣
事件の政治判断が混迷を招き、菅政権失速の引き金となった。

政治主導で中国属国化なんです。