
元駐日韓国大使 崔慶禄氏
「戦前の日本人には信頼できる立派な人々が多かった。それに対して現在の日本の政治家は周囲に気兼ねしてか、 正直に本当のことを言う人が皆無に近い。私がもし日本の首相だったら、一日でよい。洗いざらい本当のことを発言してみたい。 それでやめさせられたら本望だし、それによって日本国民の目は覚め日本は本来の姿にたちかえるに違いない」
「日本の政治家に『何故日本の軍隊は自衛隊なのか。名称を変えて日本国軍とすべきではないか』と質問したが、時期尚早だとの答えだった。 私も日本の平和憲法は知っている。しかし、自衛隊は誰が見ても軍隊である。
その実態をごまかし自衛隊というのは、極端に言えば詐欺ではないか。 侵略戦争は許されないが、敵に攻撃されたとき、堂々と敵の軍事力を破壊できる兵力を備えるのは、国家として当然の権利であり、義務である。
どうして世界の一部諸国及び一部国民の顔色を窺う必要があるのだろうか。アジアの強国日本が、自衛隊を日本国軍と名称変更し、 堂々と軍事力を強化し、アジアの防波堤になることを期待する」
「あのフィンシハーフェン戦の当時、私は一斬込隊長、しかも韓国の出身です。
しかるに私の伝令、出田上等兵は、自らも重症を負いながら私を背負い敵の重囲を突破して救い出し、そして自らは到頭死んでしまったのです。 あのように最悪な状況でも、尚、軍規が守られていたことは、さすが精鋭師団でした。
私は何時の日か、出田兵長のお墓参りをすることが悲願です」
「私は幸運にも陸軍時代、よい上官に恵まれた。それは小野少将(戦死後大佐から少将)ばかりではなかった。 朝鮮軍司令部の最後の参謀長であった井原潤次郎中将にもかわいがられた。馬奈木敬信連隊長、松田靖彦中隊長も視野が広く、 日韓関係を深く理解しておられた。私もこういう指揮官になりたいと憧れていた。 しかしこれらの人々はすべて亡くなられて今会うことはできない。何としても残念だ」
「小野大佐は命の恩人であり、私は実子以上に父としての愛を受けた」