第2部(1)対馬を守る現代の防人
2011.5.4 09:00 (1/2ページ)
元寇の際に宗助国がたどった古道を行進する自衛隊員=平成22年3月5日、長崎県対馬市
昨年11月23日、韓国・延坪(ヨンピョン)島が北朝鮮に砲撃され、民間人ら4人が犠牲になった。朝鮮半島南端からわずか50キロ南に位置する長崎県・対馬にも緊張が走った。
「ここは国境の最前線。砲撃事件は決して人ごとではない」。島の防衛にあたる陸上自衛隊対馬警備隊の谷村博志隊長(47)は警戒を怠らない。
島の北端からは、韓国・釜山の夜景も見える。朝鮮半島との交流の玄関口であると同時に、有事の際は最前線-。時代に翻弄(ほんろう)され続ける姿は、島内に残る数々の歴史遺産が物語る。
飛鳥時代、唐・新羅連合軍と戦った白村江の戦い(663年)直後に築かれた金田城、鎌倉時代には中国の元・高麗軍が2度にわたって侵攻した元寇(げんこう)の戦跡が残る。敵軍3万~4万に対し、わずか80騎で立ち向かった対馬の武将、宗助国(そう・すけくに)は今も島民の英雄だ。
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「元寇以来、対馬の人たちは武士やもののふへの尊敬の気持ちがとても強い。われわれに対しても、同じ気持ちを持ってくれている」と谷村隊長。「大軍にもひるまず、祖国防衛に命をかけた先人の思いを忘れるな」が隊のモットーだ。
宗助国が元・高麗軍を迎え撃つために駆けた道をたどる「古道行進訓練」を、昨年実施した。隊員約250人は、重さ20キロの背嚢(はいのう)や小銃を担いで山中の道を進み、5時間かけて元・高麗軍が上陸した対馬西岸の小茂田浜まで14キロを歩いた。
「先人と同じ道をたどることで、いつの間にか鎌倉武士の思いと重なった」と犬塚信之介1等陸曹(36)。対馬出身の米田隆介陸曹長(26)も「自分たちもこの国を守る防人(さきもり)だと感じた」。歴史に根ざした対馬ならではの緊張感が、隊員の心にみなぎる。
http://sankei.jp.msn.com/life/news/110504/art11050409000003-n1.htm
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日本男児~素敵!