
松永良弼(Matsunaga Yoshisuke)の公式

建部堅弘(Takebe Katahiro)の公式
いきなりのっけから数学の式でびっくりしただろう
これらはいずれも200年以上前の江戸時代の和算家の松永良弼と
建部堅弘によって発見された円周率を求める公式
勿論、このような数式で表現したものではないが、
綴術(てんじゅつ、てつじゅつ)という手法により導かれたもの
綴術は、今でいう無限級数のような手法
江戸時代の中期にこのような和算家が出現したということは、当時の
日本の数学のレベルの高さがわかるというもの
建部堅弘は日本の有名な算聖と謳われる関孝和の高弟であり、
また、松永良弼も関孝和の流れを汲んでいる
他にも安島直円(Ajima Naonobu)という和算家もいる
月のクレータにNaonobuという名前が付けられているが、これはこの
安島直円を記念してのもの

関孝和
江戸時代、関孝和の出現で、上は武士、下は商人、農民に至るまで
数学を楽しむ道楽が広まった
算額というものがある
これは、数学の難問が解けたことを感謝して神社に奉納するものである

一般庶民が奉納した算額が今もなお、全国の神社に数多く残されている
このような日本の数学好きが明治時代に入ってすぐに西洋に追いつく
原動力となったことはいうまでもない
明治初期、日本が輩出した世界的な数学者を紹介しよう
高木貞治(Takagi Teiji)で、群論等の研究で有名な人だ
外国の文献を見ると、必ずこの人が出るよ

高木貞治
さて、韓国の漢陽大学の金容雲(キムヨンウン)名誉教授がいうには、
「和算は、朝鮮版の中国算書に端を発する。この基礎からスタートし、17世紀後半には関孝和が西洋に先駆けて微積分、行列式などの先進数学を創造した。この時代の日本では、大名から商人までが「和算道楽」に打ち込んだ。和算をやっても出世するわけでないのに、その道を究めたい一心で国中が熱中した。その熱気の中から関孝和が出た。しかし、朝鮮では、科挙の雑科に合格した人の仕事として数学が学ばれ、冷たい官営科学の性格を帯びていた。朝鮮算学者たちは中国数学の原典に忠実に従うことによって、自己の正統性を主張していた。日本の和算家にとって<数学が道楽>であったのと対照的に、韓国の算学者にとって<数学は身分>であった。」
だそうだなるほどね・・・
韓国の学者の冷徹な分析に文句をつける青組はいまいぜよwww