【文化】 芥川龍之介 「朝日新聞…一笑」…皮肉る書簡2通を発見、「死ぬほどへこたれた」と神経衰弱も綴る
・小説家の芥川龍之介(1892~1927年)が、大阪毎日新聞の学芸部長を務めた 岡山県倉敷市出身の詩人、薄田泣菫(すすきだ・きゅうきん)に宛てた未発表の書簡2通が同市内で見つかっていたことが20日、分かった。
ライバル紙への皮肉などを込めた内容で、倉敷市文化振興課は「当時の大新聞同士の事情や芥川の人間性がうかがえて興味深い」としている。
1通は大正8(1919)年5月の封書。大阪毎日に入社直後の芥川がライバル紙の大阪朝日新聞の文人パーティーに招かれなかったことへの皮肉を述べたもので「招待された顔ぶれをみると(朝日の文芸担当である)柳沢の友だちが多いので一笑しました」と書かれている。
もう1通は10年10月、海外視察員として中国旅行後に心身が衰弱した芥川が、療養していた神奈川県湯河原町から送った絵はがき。「神経衰弱は中々なほりません」
「今度と云ふ今度は殆死ぬほどへこたれました」と、自殺の一因とされる神経衰弱に悩む心情がつづられている。
平成20年に市に寄贈された泣菫の遺品を調査した岡山大大学院の西山康一准教授らが確認した。
http://sankei.jp.msn.com/life/news/110520/art11052011250003-n1.htm
