【萬物相】欧州のK-POP 英国のロックバンド、ザ・ビートルズが1964年2月に初の米国公演を行った。「今はビートルズ時間で午前6時半、彼らは30分前にロンドンを出発しました。ビートルズがいる場所の温度は華氏32度(セ氏0度)でした」。米国のメディアは、マラソン中継をするかのようにメンバーの動きをつぶさに報じた。メンバーはニューヨークのジョン・F・ケネディ国際空港に到着すると、大きな英国の国旗と共に飛行機のタラップを降りた。
ビートルズが出演したテレビ番組が放送される間、米国の大都市では犯罪の通報が1件もなかったという。同年4月、ビートルズは米国の歌謡トップ100のうち、1-5位を独占した。数カ月後、ビートルズが再び米国ツアーを行った際には、メンバーが泊まったホテルの部屋の布団や枕カバー、果てはバスタブの湯まで買いたいという人が現れた。
ビートルズの米国公演は、世界がポップミュージックを介して一つの文化圏にまとまったことを告げる出来事だった。5年後、英国の歌手クリフ・リチャードがソウルを訪れた。リチャードが代表曲『ザ・ヤング・ワンズ』を歌うと、ステージにはたくさんの花やハンカチ、プレゼントが投げ込まれた。80年にはレイフ・ギャレットが韓国で公演し、大きな人気を博した。92年のニュー・キッズ・オン・ザ・ブロックの来韓公演では、興奮したファンがステージに押し寄せ、圧死者が出る事態となった。
東方神起、少女時代、SUPER JUNIOR(スーパージュニア)、SHINee(シャイニー)など、K-POPグループによる初のフランス・パリ合同ライブが先ごろ行われ、欧州各地から1万4000人余りの若者を集め成功を収めた。欧州の若者たちは太極マーク(韓国の国旗の図柄)がデザインされたヘアバンドを巻き、韓国語が書かれたTシャツを着て、韓国人でも難しいラップの歌詞を歌手と一緒に口ずさんだ。仏紙「ルモンド」は「欧州を襲った韓流」と題する記事で「日本と中国に挟まれた国、自動車と電子製品を輸出している国としてしか知られていなかった韓国が、今や文化で自らをアピールしている」と報じた。歌唱力に加え、ずば抜けたダンス力とルックスが欧州の若者を魅了したとしている。
30年代、朝鮮総督府が戦時体制を理由にダンスホールの営業を禁じた。これに対し、韓国音楽界の人々は「西洋のどの文明都市にもあるダンスホールが、朝鮮にだけ認められないのは嘆かわしいことだ」とし、ソウルでのダンスホール営業を許可するよう求めた。洋食、洋服といった言葉からも分かるように、長い間、われわれにとって「西洋」とは「新しくて格好いいもの」と同義語だった。その西洋文化の中心地ともいえるパリで、西洋発祥のポップミュージックを引っ下げ、韓国人歌手たちがポジションを求めて堂々と声を張り上げている。
金泰翼(キム・テイク)論説委員
朝鮮日報/朝鮮日報日本語版http://www.chosunonline.com/news/20110613000014 韓国の大メディアのこの浮かれよう・・・・、一年後や数年後の移ろいが楽しみである。