

"Korea and Her Neighbours" by Isabella Lucy Bird
『朝鮮紀行―英国婦人の見た李朝末期』 イザベラ・L. バード
英国人女性旅行家 Isabella L. Bird が朝鮮を訪れたのは、1894年、62歳の時である。
以後3年余、Bird は4度にわたり朝鮮各地を旅した。
Bird が見たSeoul
「都会であり首都であるにしては、そのお粗末さは実に形容しがたい。
礼節上二階建ての家は建てられず、したがって推定25万人の住民は主に迷路のような道の「地べた」で暮らしている。
路地の多くは荷物を積んだ牛同士が擦れ違えず、荷牛と人間ならかろうじて擦れ違える程度の幅しかない。
おまけに、その幅は家々から出た糞、尿の汚物を受ける穴か溝で狭められている。
酷い悪臭のするその穴や溝の横に好んで集まるのが、土埃にまみれた半裸の子供たちと疥癬もちで、霞み目の大きな犬で、犬は汚物の中で転げまわったり、日向で瞬きしている。
ソウルの景色の一つは小川というか下水というか水路である。
蓋の無い広い水路を黒く澱んだ水が、かつては砂利だった川床に堆積した排泄物や塵の間を悪臭を漂わせながらゆっくりと流れていく。
水ならぬ混合物を手桶に汲んだり、小川ならぬ水たまりで洗濯している女達の姿。
Seoulには芸術品が全く無く、公園も無ければ見るべき催し物も劇場もない。他の都会ならある魅力がSeoulにはことごとく欠けている。
古い都ではあるものの、旧跡も図書館も文献もなく、宗教にはおよそ無関心だったため寺院もない。
結果として清国や日本の、どんなみすぼらしい町にでもある堂々とした宗教建築物の与える迫力が、ここには無い。」