百済の凄い鎧を見つけた→実は中国の物でした→「百済が中国に伝えた」
2011-10-26 12:15:05NEW !公山城というところで「明光鎧」と呼ばれる特殊な鎧が見つかりました。
明光鎧は日差しを反射させて敵の目を眩ませる鎧のことです。まぁ邪魔ですよね。ピカっとすると。
韓国では「中国(唐)は鏡を鎧に付けていたが、百済は皮の鎧に黄漆を塗り、その光沢で反射させた」と主張していました。この説について他の国でどうなのかは分かりません。
その光の鎧・・じゃなかった明光鎧が見つかったわけです。
皮の部分はもう無く、黄漆の部分だけが薄いフィルムのように残っているとのことです。朝鮮半島では初めてです。
勿論、結構な話題になりました↓。
「伝説の鎧を発見・・・学会、興奮」
http://media.daum.net/culture/others/view.html?cateid=1026&newsid=20111013162437435&p=yonhap
しかし、最初から「明光鎧は百済だけが使っていたわけでもないし、怪しい」と疑っていたイ・ドハク教授(高句麗にもあったとされる)は研究の結果、「中国人の鎧だ」という結論を下しました。
・鎧には李◯銀という名前が書いてありました。李は唐の国姓であり百済には有りませんでした。
・「貞觀」という中国の年号が書いてありました。
・公山城は熊津都督府(百済を滅ぼした後、その領土を支配するために設置された唐の行政官庁)があった所です
・・などなど、どう考えても唐の人の鎧だということです。
一時、学会は根拠もなく(鎧の出来が良いから?)、百済の最後の王である義慈王の鎧かも知れないなどとかなり期待していましたが、どうやらハズレのようですね。
珍しく、客観的な意見だな・・と思ったらそうでもないらしく、教授は次の可能性を付け加えました。
「高句麗から奪ってきた鎧を公山城に落とした可能性」
「中国の皇帝が黄漆を百済からもらったか、または百済に作ってもらった可能性」
・・・唐が百済から黄漆を持っていったとかそんな記録もあるらしいから否定はしませんが。百済が作ったなら朝鮮半島で一つも見つかってないというのはちょっとおかしいですね。
http://media.daum.net/culture/view.html?cateid=1026&newsid=20111026031635578&p=seoul
朝鮮はいつもこんな調子w