日本と東アジア周辺地図の東北地方に、ハートマークと「がんばれ日本!」が記されたデザインだが、地図中に「SEA OF JAPAN(日本海)」と明記されていたことから、韓国のネットユーザーたちが反応。
竹島や日本海問題に関しネットを中心に活動するNGO法人「VANK」がスパムメールを送るとホームページで宣言するなど、ネットで総攻撃を加えたのだ。
J.CREWは4月6日、フェイスブック上で、「この問題に関する多くのメールを頂戴した」結果、デザインを改めるため販売を取り止める旨を発表した。
こんなときぐらい、やさしく日本を支援してもらえないものだろうか。
※週刊ポスト2011年7月15日号

関東大震災の不逞朝鮮人の暴動は本当だった。
わかるヨコハマ 横浜市中学生用副読本 2009年6月2日初版
この朝鮮人の暴動?は横浜が発端になっています。昨年、ノンフィクション作家の工藤美代子さんが「関東大震災 ~ 朝鮮人虐殺の真実」という本(SAPIO連載)を出しています。諸評価ありますが、これまでの通説を覆しており、不逞朝鮮人の暴動は社会主義、抗日民族主義活動の背景に一致し、それは政府の政策により流言の類として押さえ込まれた、という注目すべき内容です。
「品川は3日に横浜方面から300人位の朝鮮人が押し寄せ掠奪したり爆弾を投じたりするので近所の住民は獲物(武器)を以て戦いました。鮮人は鉄砲や日本刀で掛かるので危険でした」北海タイムス 大正12年9月6日
「皆の視線は警察のほうへと曲げられた『あれ。泥棒が捕まへられてきた』と老人がつぶやいた。『ははあ、火事場泥棒だろうな』(中略)阿久津はすぐに席から駆け下りて様子を見に警察の中に入っていった。しばらくして出てきて、『放火です。朝鮮人が放火したんです』
(中略)
あれあれといううちに、また一人連れてこられた。『太い野郎だ。火つけ道具持ってやがる』と誰かが言う。なるほど、彼の手には、5月のお節句に食べる熊笹で三角に長く包んであるちまきの様な格好のものを持っていた。(中略)その後ろに従いてきた私の知っている少年が『僕、彼らの捕まるはじめから見ていたんだよ。彼ら8丁目の材木屋の倒れ掛かっている材木の中にもぐり込んで火をつけている所を近所の子供に見つけられたんだ。中々捕まらないのをやっとのことで捕まえたんだよ』」明治大正見聞史
「鯨波(とき)の声がするのでビックリしたが南千住一帯を巣窟とせる鮮人団が三河島付近の煙火(花火)製造工場を夜襲して火薬類を強奪し、婦女を陵辱し、食糧軍資金を掠奪するというので、在郷軍人、青年団が決死隊を組織し、警戒中であると聞き、私どもは非常に恐怖し、妊婦を伴れて同夜は田んぼのなかに露宿して難を逃れたが、仙台から青森に避難すべく日暮里に引き返す途中の二人の鮮人は撲殺され(中略)年増夫人が鼻梁をそがれ出血甚だしく、局部にも重症を負い昏倒していたが、78人の鮮人に輪姦されたという事で地方の青年団は極度に憤慨し、鮮人と見れば撲殺し、追撃が猛烈であった」神田区淡路町2ノ4筑波館、山瀬甚治郎談 河北新報 大正12年9月6日