金総書記、69歳に 困窮、資源切り売り(2011年2月17日朝刊)
【丹東(中国遼寧省)米村耕一、ソウル大澤文護】北朝鮮の金正日(キムジョンイル)総書記が16日、69歳の誕生日を迎えた。北朝鮮メディアは平壌など各地で行われた盛大な祝賀行事の模様を伝えたが、北朝鮮の国内事情は厳しさを増すばかりだ。中東で独裁政権が相次いで倒れるのを横目に三男正恩(ジョンウン)氏への権力移行を急ぐ金総書記は、今のところ国民を抑え付けることに成功しており、エジプトのような事態がすぐに起きるとは考えづらい。だが、中国に駐在する北朝鮮の貿易関係者らが最近は不満を公言するようになるなど、従来とは違った空気も流れ始めている。
◇デノミ失敗、幹部ら外貨求め
「20トントラック数台と鉱物の抽出設備3~5台を用意してくれれば、数十万トンの鉄鉱石を引き渡せる。私にはその権限が与えられている」。1月中旬、北朝鮮との国境の町である丹東の安ホテルの一室で、朝鮮人民軍幹部を名乗る男性が中国人投資家に熱心に協力を求めていた。
丹東や吉林省延吉など中朝国境に近い街では、昨年ごろから地下資源のバイヤーを探す朝鮮労働党や軍の中堅幹部が増えている。高級食器に使う石材の販路を求めて中国に来た50代女性は「大学を卒業して党の指導員になったのに、国の状態が苦しくて商売人になってしまった」とため息をついた。
中国に常駐する北朝鮮の経済関係者は「(北朝鮮には)資源はあっても設備や輸送手段が足りない。だから権限を与えられた幹部たちが、功績を上げようとやみくもに国外に出てきている」と解説した。
北朝鮮はかつて「国内産業による使用を優先する」という理由で石炭や鉄鉱石といった地下資源の輸出を規制していた。中国在住の北朝鮮当局者は「資源の輸出規制は今も変わらない」と話すが、いまや北朝鮮が貿易で外貨を稼げる品目は地下資源しかない。01年当時はほぼゼロだった石炭や鉄鉱石など地下資源の「切り売り」は、なし崩し的に拡大。昨年の対中輸出は、石炭が約460万トン、鉄鉱石が約206万トンに達した。
資源の切り売り加速の背景には、外貨を必死で獲得しなければならない北朝鮮の国内事情がある。その一つが09年末のデノミネーション(通貨呼称単位の変更)の失敗以来、急速に進む北朝鮮の通貨ウォンの下落だ。
中朝貿易関係者によると、昨年1月に1ドル=200ウォン前後だった闇市場での交換レートは、秋には同約1500ウォンになった。今年に入ってさらに暴落し、1月中旬には同3000ウォンを突破した。
ウォンの暴落が続くのは、デノミ失敗で国民が自国通貨を信用しなくなったためだ。「日常的な買い物はウォンでするが、貯蓄は両替した外貨でという生活様式が定着している」と北朝鮮の貿易関係者は語る。
北朝鮮の市場は、日用品や衣類など生活必需品を含め中国からの輸入品への依存度が高い。中国からは石油や食糧も大量に輸入されており、ウォン暴落は食料品や日用品の価格高騰という形で庶民生活に跳ね返っている。
北朝鮮は2012年に「強盛大国の大門を開く」との目標を掲げて、経済難打開を願う国民の期待をつないできた。だが、今年1月には「20年に先進国並みの経済水準に達する」との計画を公表し、目標期限を事実上先送りした。しかし、こうした小手先の対応に納得しない北朝鮮国民は徐々に増えているようだ。中国東北部に住む北朝鮮の貿易関係者は「資金の裏付けのない計画など失敗するに決まっている。自分の財布に金が入ってこなければ、国民の労働意欲は続かない」と吐き捨てるように語った。
◇「急死」想定し米韓訓練
中国中央テレビ(CCTV)は15日、訪朝した中国の孟建柱公安相との会談や夕食会に臨む金総書記の様子を放映した。08年に脳卒中で倒れたとされる金総書記は一時期、やせ細っていたが、今回はふくよかさを取り戻している。北朝鮮情勢に詳しい北京の外交筋は「健康状態は良好と見るのが妥当だ」と話す。
正恩氏への権力移行も表面的には順調だ。14日の朝鮮中央通信は、孟公安相が「革命の継承問題が解決した」と述べて、正恩氏の党軍事委副委員長就任を祝したと伝えた。北朝鮮の公式メディアが「継承問題の解決」との表現を使うのは初めてで、後継移行が安定的に進んでいることをアピールしようとしたようだ。
正恩氏については、韓国紙・朝鮮日報が16日、対北朝鮮消息筋の話として、国防委員会副委員長に推戴されたと報じた。4月にも開かれる最高人民会議(国会)で第1副委員長に任命されるのが確実視されているという。国防委は金総書記が委員長を務める最高権力機関であり、第1副委員長に就任すれば名実ともにナンバー2ということになる。
北朝鮮専門家である韓国・世宗研究所の鄭成長(チョンソンジャン)首席研究委員も「北朝鮮指導部は正常に動いている可能性が高い。金総書記の健康悪化などで、権力闘争が起きたり、混乱に陥る可能性は少ないだろう」と述べ、北朝鮮の体制は当面維持されるとの見通しを示した。
一方で韓国では、金総書記の急死に伴う混乱への対処が具体的に語られ始めている。
朝鮮日報は15日、28日に始まる米韓合同軍事演習「キー・リゾルブ」が、北朝鮮との全面戦を想定した内容ではなくなると報じた。今年の演習は、金総書記急死による混乱や反乱軍による大量破壊兵器の獲得、北朝鮮住民の大規模難民化など、北朝鮮内部の混乱への対応訓練が主になるという。米韓両軍が、金総書記の急死を念頭に置いた訓練を行うのは初めてのことだ。