過去、同じように日本に併合された台湾と韓国
同様に日本に併合された歴史を持ちながら、現在の二国間の日本に対する国民感情はかけ離れている。
台湾(中華民国)
統治期間 50年間 (西暦1895年~1945年)
1895年4月、日清戦争後の講和会議で調印された馬関条約(日清講和条約)により、清国が台湾・澎湖諸島を日本に割譲。以後日本の第二次世界大戦敗戦までの50年間、日本が統治する。
大韓民国
統治期間 35年間(西暦1910年~1945年)
日本は1910年に韓国と日韓併合条約を結んで朝鮮半島を併合し(韓国併合)、1945年の第二次世界大戦敗北まで統治を続けた。
この期間に日本は朝鮮半島のインフラの整備と産業の振興をすすめた。教育制度も整備され、小学校(国民学校)網や京城帝国大学(ソウル大学校)は独立後の韓国政府に引き継がれた。初等教育をはじめ日本語教育とともに朝鮮語の教育が行われ、ハングルの普及が進んだ。また、朝鮮人は、日本軍の陸軍士官学校に入学卒業することができ、朝鮮人士官の多くは後に韓国軍にそのまま引き継がれた。やがて朴正煕大統領を筆頭に韓国政界の中枢を占めた。日本、アメリカ、オーストラリア、ヨーロッパをはじめ世界の朝鮮史研究では、日本のインフラ整備が朝鮮の近代化の基礎となったとされる。また、朝鮮半島では10年間の所得税免除が行われた上に兵役免除など日本本土に住む日本人より圧倒的厚遇を受けた。この点が欧米によるアジアアフリカの植民地支配と正反対であるため、教養人層において日本の統治を「植民地」と呼ぶことに違和感を覚えない者はいない。また、朝鮮人に参政権をも認めていた事実がある。
居住場所にかかわり無く朝鮮人には1945年まで兵役は免除されていた。また、土地詐欺を防止するための啓導・啓蒙を繰り返し、農民たちは自分の土地が測量されて地籍に上がるのを見て、喜んで積極的に協調した。
日中戦争以後、「内鮮一体」の名の下、それまで公教育で必須科目として教授されていた朝鮮語は朝鮮教育令の改正によって1938年には随意科目となり、皇民化政策などの同化政策も行われた。朝鮮人にも志願兵の募集が行われ、軍人・軍属として戦地に赴いた者も存在した。また、終戦前には徴兵制が適用され一部の朝鮮人にも訓練が行われたが戦場で活躍する機会はなかった。密航や徴用により内地(日本)に向かった労働者や、慰安婦として働く女性も存在した。
1945年9月、日本がポツダム宣言を受諾して全日本軍は連合国に降伏、金日成は赤軍(ソ連軍)の士官として朝鮮北部の中心都市平壌に入城し、次いで降伏した日本に代わりアメリカ合衆国が朝鮮半島南部で軍事統治を開始すると李承晩や金九などの独立運動家がソウルへ戻った。