この投稿は、前に、kjで、行った投稿を、再編集した物です。
私の街と周辺は、以下の5つの投稿から成り立っています(kjの投稿の容量制限の関係で、分割せざる得なくなった)。以下の5つの投稿を、纏めて、ご覧下さい。
私の街と周辺1(当該投稿)→
http://www.kjclub.com/kr/board/exc_board_16/view/id/2446033?&sfl=membername&stx=jlemon
私の街と周辺2→
http://www.kjclub.com/kr/board/exc_board_16/view/id/2446032?&sfl=membername&stx=jlemon
http://www.kjclub.com/kr/board/exc_board_16/view/id/2446031?&sfl=membername&stx=jlemon
私の街と周辺4→
http://www.kjclub.com/kr/board/exc_board_16/view/id/2446030?&sfl=membername&stx=jlemon
私の街と周辺5→
http://www.kjclub.com/kr/board/exc_board_16/view/id/2446029?&sfl=membername&stx=jlemon
これは、おまけで、参考投稿で、私の街以外の、東京都心部の、静かで、落ち着いた住宅地の例を、紹介している投稿です(「蕗谷 虹児(fukiya koji)2」 )→
http://www.kjclub.com/kr/board/exc_board_14/view/id/2396739/page/1?&sfl=membername&stx=jlemon
kjのバグ(不具合)により、IEで、投稿の写真が見られない現象が生ずる様です。IEで、写真が見られない場合は、Firefoxで、ご覧下さい。
私の街と周辺1から私の街と周辺3の、私の街の風景写真は、2008年の9月の下旬(かなり、前ですが。。。w)、2013年の3月の中旬、2013年の12月の初旬に、それぞれ、運動を兼ねて、私の街を散歩した際に撮影した物です。現在の風景は、これ等の写真を撮影した時と、ほとんど、変わっていないとも言えるし、ある程度、変わったとも言えます(これ等の写真に写っている、金持ちの邸宅の、幾つかは、既に、低層の高級マンション(アパート)に建て替えられたか、近い内に、(おそらく)低層の高級マンション(アパート)に建て替えられる予定となっています)。
私の街は、基本的に、静かで、落ち着いた住宅地となっています。私は、現在一人暮らしですが(まあ、一人暮しと言っても、一週間に、1日から3日位は、二人なの(彼女が我が家に泊まっているの)ですが。。。)、実家(元々、私の母方の祖父母の家。現在は、両親が、引き継いで暮らしている)が近所で、この街で、生まれ育ちました。私の街は、お金持ちから、中上流(upper-middle class)・中流層、そして、私の様な庶民層まで、様々な人々暮らしていますが、個人の家の庭の緑等も、結構多い(ただし、少しずつ、減って、来ている)、静かで落ち着いた、住宅地となっています(もっとも、郊外の住宅地に比べれば、限度が有りますが(郊外の住宅地には、敵いませんが。。。))。私の街は、元々、1920年代から1930年代頃に、(当時は)東京の西の郊外(まあ、郊外とは言っても、東京の都心部に比較的近い郊外でしたが)に開発された、中流層や新興金持ち向けの新興住宅地です。新興住宅地として開発される前は、まだ農村の雰囲気が色濃く残る、のどかな地域だった様で、また、新興住宅地として開発された後も、かなり、しばらくの間は、まだ、のどかな雰囲気が残っていた様です(私の母が、まだ幼かった頃(私の母が、幼稚園児の頃から小学校低学年生の頃。1950年代初め頃)は、実家の庭では、当たり前の様に、蛍が見られたそうです)。
写真以下。私の街(東京中心部(東京23区)の西部に位置する渋谷(shibuya)区の中北部)の風景例。。。
私の街の、不特定多数の、たくさんの自動車が走るための道路の、風景例(2013年の3月の中旬に散歩した際に撮影)。この様な道路に対し、住宅地の中の道路は、狭いですが、基本的に、住民しか利用しないので(配達の自動車や、植木屋さん(一戸建て住宅や邸宅等の、庭等の、木々や植物を整える仕事をする人)の自動車等を除けば、基本的に、住民の自動車しか通らないので)、静かです。
私の街もそうですが、第2次世界大戦後の、(貧富の格差を無くす為の)不動産等を相続する際に支払う税金の税率の大幅な引き上げ等により、1960年代頃から、現在に至るまで、東京areaや関西(kansai)大都市圏の、高級住宅街や静かで落ち着いた住宅地の、ゆったりとした敷地を持つ邸宅は、低層の高級アパート、企業や公務員の社宅、老人ホーム(高齢者が入居する施設。公営の物と私営の物が有る)等の公共・福祉施設等へと、次々と建て替えられて来ました(所有者が、相続税を払い切れずに、(日本では、第2次世界大戦後、貧富の格差を縮小させる為に、相続税率が、大幅に上がった)、邸宅を土地と供に売り払い、邸宅の建物が取り壊された後、低層の高級アパート(マンション)が建つ場合が多いです)。
私の街に関しても、私の子供の頃から比べても、明かに、ゆったりとした敷地を持つ邸宅は減りましたし(減り続けて来ましたし)、ゆったりとした敷地を持つ邸宅の、低層の高級アパート(マンション)等への建て替えは、現在進行形で、徐々に、進んでいます(これは、ずっと実感し続けて来ましたし、今でも実感しています)。ただし、この様な現象の進む速度については、街によって差がある様です。例えば、東京中心部(東京23区)の閑静な(静かで落ち着いた)住宅地の中でも、比較的、外れに(都心から離れた場所)に位置する住宅地は、地価(土地の価格)が、相対的に低い為か、この様な現象の進む速度は、遅く、昔ながらの、ゆったりとした敷地を持つ邸宅や一戸建て住宅の、低層の高級アパート等への建替えが、それ程進んでいない感じです。一方、私の街は、この様な現象の進む速度が、かなり早い方に属する感じです(かなり早いとは言っても、何も、一夜にして、街の景色が変わると言う訳ではなく、割と、長い期間をかけて、この様な現象が、徐々に進んで来たのではありますが。。。)。この様な現象において、草木が生い茂る邸宅の庭が潰され、かつての邸宅の敷地、ほとんど目一杯に、共同住宅等が建てられて来た事は、東京areaや関西(kansai)大都市圏の、高級住宅街や、静かで落ち着いた住宅地の緑の減少と景観破壊に繋がって来ましたが、一方において、この様な現象は、第2次世界大戦後、日本で、貧富の格差が解消して来た事の証の一つとも言えるでしょう。
写真以下9枚。私の街の、お金持ちの、邸宅の例。。。この様な、広い敷地を持つ、邸宅らしい邸宅は(広い敷地や、邸宅の敷地を囲む木々等により、邸宅の外(道路)からは、邸宅の建物が、あまり見えない邸宅も、多いです)、まだ、(私の街にも)、ある程度ありますが、(前述した、相続税の問題等により)、毎年、一つ、二つと、低層の高級アパート(マンション)等へ建て替えられる事によって、消え続けています(これは、本当に、よく実感しています)。
写真以下7枚は、2013年の12月の初旬に、散歩した際に撮影。
写真以下4枚は、同じ邸宅。
写真以下2枚。写真右側が、邸宅の敷地。
写真以下2枚。写真左側が、邸宅の敷地。
写真以下3枚は、同じ邸宅。
写真以下2枚は、2008年の9月の下旬に散歩した際に撮影。。。
写真右側が、邸宅の敷地。
写真両側、それぞれ、邸宅の敷地。前述の通り、住宅地の中の道路は、狭いですが、この道路は、その中でも、特に、狭い道路です。。。
2013年の12月の初旬に、散歩した際に撮影。写真左側は、私の街の、公営の老人ホーム(高齢者が入居する施設。公営の物と私営の物が有る)の一つ。敷地面積は、1,500坪(tsubo)から2,000坪(tsubo)(5,000平方メートルから6,600平方メートル)位かな。。。この公営の老人ホームある場所(敷地)は、私が、幼い頃は、立派な門に猛犬注意と言うサイン(標示)の有る、(おそらく、1920年代から1930年代に建てられたと思われる、立派な西洋式の邸宅の建物を有する)、西洋式の個人の邸宅でした。
写真以下5枚。2013年の12月の初旬に、散歩した際に撮影。私の街の、低層の高級アパート(マンション)等の、風景例。。。
写真以下2枚は、ある程度、古い(たぶん、1970年代前半頃に建てられた)、低層の高級アパート(マンション)です。
写真(2013年の12月の初旬に、散歩した際に撮影)の、一戸建て住宅が、複数、建っている場所は、かつては、木々や植物の多かった、広い敷地を持つ、一つの、一戸建て住宅の敷地だったのですが、その、(今はない一つの)住宅の(かつての)敷地を分割して、複数の、一戸建て住宅が建てられた物です。広い敷地を持つ、古い邸宅の跡地は、低層の高級アパート(マンション)になる場合が多いですが、ゆったりとした敷地を持つ、古い一戸建て住宅の敷地の跡地は、分割されて、複数の、比較的、小さな一戸建て住宅が建てられる場合が多いです(何れにしても、かつての敷地、ほとんど目一杯に建物が建てられる場合が、ほとんどで、かつての庭の植物等は、失われてしまいます)。
写真(2013年の3月の中旬に散歩した際に撮影)の、現在は、低層の高級アパート(マンション)が建っている場所(敷地)は、私が、幼い頃は、東京の、カナダ大使館(Embassy
of Canada in
Tokyo)関連の施設として使われていた、西洋式の住宅(住宅の建物は、おそらく、1920年代から1930年代頃建てられた物だと思います)がありました(初めから、カナダ大使館関連の施設として建てられた住宅の建物なのか、それとも、カナダ大使館が、その西洋式の住宅を、後から購入して、一時の、カナダ大使館関連の施設として使用していたのか、よく分かりません)。ちなみに、東京の、カナダ大使館(Embassy
of Canada in Tokyo)は、フランスのパリ(Paris)の、カナダ大使館(Embassy of Canada in
Paris)、アメリカのWashington D.C.の、カナダ大使館(Embassy of Canada in Washington
D.C.)に次いで、世界で、3番目に古い、カナダの、在外国、公使館(legation)の様です。
私の街と周辺2へ続く。。。