後述する、NHKは、日本の公共テレビ・ラジオ放送局です(韓国で言えば、KBSに相当する)。日本では、ラジオの放送は、1925年に開始されましたが、NHKは、1926年に、3つの放送局が合併し、発足しました。
ちなみに、後述する、NHK放送centerは、現在、とても長期に渡る、建物の建て替え計画(建物の建て替えが、全て(最終的に)完了するのは、今の所、2036年になる予定)に従って、徐々に、建物の建て替え工事を行っています。
ちなみに、後述する、NHK放送centerの、一般人向けの見学施設は、前述した、NHKの、建て替え計画により、2020年に閉館しています。
以下の投稿内容に関して、参考に、以下「」内。私の前の投稿文より。。。
「私は、女性に、結構合わせているようでいて、その一方において、実は、女性に結構、自分の趣味に付き合って貰って来てもいます。今の彼女も含み、相手の女性は、それはそれで、私色に染まって、私の影響を受けて、私と共に、楽しんで来てくれました(楽しんでくれてます)。」
ちなみに、私も私の今の彼女も、好奇心は旺盛な性格です。
以下の投稿内容の、飲食店その他の情報は、2015年の8月時点のものです。
以下、基本的に、2015年の8月の後半に行った投稿から抜粋して来た物で(ほぼ再掲)、2015年の6月の上旬に、彼女(私の今の彼女)と、近場で、休日を過ごした時等の物です。
以下、以下の投稿の続きです。渋谷(shibuya)区役所に関しては、すぐ下でリンクを付けた投稿、「近場で過ごす休日2-1」を参照して下さい。
近場で過ごす休日2-1→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_16/view/id/3725620?&sfl=membername&stx=nnemon2
近場で過ごす休日2-2→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_16/view/id/3725619?&sfl=membername&stx=nnemon2
6月の上旬、個人的に休みであった日に、近場で、休日を過ごした事の物です。
東京中心部(かつての、東京市に該当する地域。東京市は、1943年まで存続していました)は、23の区に分かれています。東京中心部(かつての、東京市に該当する地域)以外の、日本の、大都市、及び、大都市と中都市の中間位の都市も、市内が、複数の区に分かれていますが、東京中心部(東京23区)を構成する、23の区は、東京中心部(かつての、東京市に該当する地域)以外の、日本の、大都市、及び、大都市と中都市の中間位の都市の、区と違って、それぞれが、ほぼ、市町村(市や、町、村)並みの、自治権と行政権が与えられています(それぞれが、ほぼ、独立した市町村(市や、町、村)並みの、独立性があります)。
私が暮らす、渋谷(shibuya)区(1932年に設立)は、東京中心部(東京23区)を構成する、23の区の一つで、東京中心部(東京23区)の西部に位置する区です。ちなみに、私の実家は、我が家の近所で、私は、渋谷(shibuya)区に生まれ育ちました。渋谷(shibuya)区は、1920年代頃から開発が始まり、第二次世界大戦後に、急速に発展した、現在の東京中心部(東京23区)の中では、比較的、新興の区の一つです。私の街(渋谷(shibuya)区の中北部area。基本的に、静かで、落ち着いた住宅地となっています)は、1920年代から1930年代頃に、(当時は)東京の西の郊外(まあ、郊外とは言っても、東京の都心部に比較的近い郊外でしたが)に開発された、中流層や新興金持ち向けの、新興住宅地ですが、1910年代以前は、のどかな農村の雰囲気を残す地域だった様です。また、新興住宅地として開発された後も、かなり、しばらくの間は、まだ、のどかな雰囲気が残っていた様です(私の母が、まだ幼かった頃(私の母が、まだ幼稚園児位の頃。1950年代初め頃)は、我が家の近所の実家(元々、母方の祖父母の家。現在は、両親が引き継いで暮らしている)の庭では、当たり前の様に、蛍が見られたそうです)。1964年の東京(夏季)オリンピック(Olympics)においては、現在の、代々木(yoyogi)公園(渋谷(shibuya)区の中部(中心部)にある広大な公園。東京中心部で、最大級の公園の一つ)が、選手村(athletes
village)として使われ、また、国立屋内競技場(国立、代々木(yoyogi)競技場)(渋谷(shibuya)区の中部(中心部)にある)等により、渋谷(shibuya)区が、主要な会場の一つとなりました。ちなみに、1964年の東京(夏季)オリンピック(Olympics)の、開会式と閉会式の会場等になった、国立陸上競技場(1958年完成。1924年に建てられた、初代の国立陸上競技場に次いで、2代目の、日本の、国立の、大規模な陸上競技場。2020年に開催される予定の東京(夏季)オリンピック(Olympics)(東京で開催される2回目のオリンピック(Olympics))に合せて建設される、3代目の、国立陸上競技場の建設準備の為に(3代目の、国立陸上競技場への建て替えの為に)、去年の5月に閉場。既に、解体された)の敷地は、渋谷(shibuya)区の隣の新宿区にありますが、新宿区と渋谷(shibuya)区の境界辺りにあります(私は、子供の頃は、国立陸上競技場は、渋谷(shibuya)区にある競技場だと思っていました)。したがって、東京(夏季)オリンピック(Olympics)の準備期間中(1960年代初め頃)において、渋谷(shibuya)区は、急速に開発され、著しく発展した様です。
渋谷(shibuya)区には、東京最大級の繁華街の一つである、渋谷(shibuya)(通勤電車・地下鉄の渋谷(shibuya)駅(東京有数の鉄道駅です)周辺。渋谷(shibuya)区の中心繁華街)と、東京の主要な繁華街の一つである、原宿(harajyuku)があり、渋谷(shibuya)区は、東京中心部(東京23区)を構成する、23の区の中で、商業活動(第三次産業(サービス(service)産業))・経済活動が、非常に活発な区の一つとなっています。また、渋谷(shibuya)区には、(私の様な)庶民層・中流層も、たくさん暮らしていますが、渋谷(shibuya)区は、東京中心部(東京23区)を構成する、23の区の中で、富裕層・お金持ちが、たくさん暮らしている区の一つとなっています。
渋谷(shibuya)区は、おそらく、東京中心部(東京23区)を構成する、23の区の中で、有数の、住民一人当たりの税収が、豊かな区の一つであり、おそらく、東京中心部(東京23区)を構成する、23の区の中で、有数の、財政が健全な区の一つであると思います。また、渋谷(shibuya)区は、(東京中心部(東京23区)を構成する、23の区の中で、有数の、住民一人当たりの税収が、豊かな区であり、東京中心部(東京23区)を構成する、23の区の中で、有数の、財政が健全な区であるのにも関わらず)、昔から、税金の使い方は、堅実で、見栄を張って、無駄な事には、税金を使わないイメージがあります。
写真以下。渋谷(shibuya)区役所(渋谷(shibuya)区役所は、渋谷(shibuya)区で最大の繁華街(東京で、最大級の繁華街の一つでもある)、且つ、渋谷(shibuya)区の中心繁華街である、通勤電車・地下鉄の渋谷(shibuya)駅周辺の、北の外れ(北端部)に位置しています)の食堂で昼食を食べ、(私は、個人的に建築に興味があると言う事と、渋谷(shibuya)区で生まれ育ったと言う事から)、新しい建物への建て替えの為、もうすぐ失われてしまう、渋谷(shibuya)区役所の現在の建物(三代目の、渋谷(shibuya)区役所の建物。1964年完成)と、(渋谷(shibuya)区役所の敷地内。渋谷(shibuya)区役所の建物に隣接して建つ)渋谷(shibuya)公会堂の現在の建物(二代目の、渋谷(shibuya)公会堂の建物。1964年完成)の写真を撮った後は(上でリンクを付けた投稿「近場で過ごす休日2-1」を参照)、NHK放送centerの、一般人向けの見学施設を訪れました。NHK放送centerは、日本の公共テレビ・ラジオ放送局(韓国で言えば、KBSに相当する)であるNHK(1953年に、テレビ放送を開始。テレビ放送の地上波は、NHK総合とNHK教育、2つの、チャンネルがある。公共放送局として事業規模は、イギリスのBBC等と並ぶ。wikiより。。。)の、東京areaの、中心的な放送局となっています。NHK放送center(渋谷(shibuya)区の中部(中心部)に位置する)は、渋谷(shibuya)区で最大の繁華街(東京で、最大級の繁華街の一つでもある)、且つ、渋谷(shibuya)区の中心繁華街である、通勤電車・地下鉄の渋谷(shibuya)駅周辺の、北側に隣接し(渋谷(shibuya)区役所の、道路挟んで、北側に隣接し)、広い敷地を有しています。

写真は、借り物。NHKの、現在の、NHK放送centerに該当する施設の、先代の建物(1939年頃に撮影された写真)。東京都心部でも、中心的な地域に位置していました。1938年完成。設計は、山下 寿郎(yamashita toshirou)(1888年生まれ。1983年に亡くなる。1920年代から1970年代初め頃にかけて活躍した、日本の、近代・現代、建築家)が手掛けました。NHK(1925年に、ラジオ放送を開始)は、1940年に開催される予定であった、東京夏季Olympicsに合わせるように、本格的な、テレビ放送を、1940年に開始する予定でしたが、それに合わせるように、1938年に建てられた物です(wikiを参考にしました)。結局、戦争の影響により、1940年に開催される予定であった、東京夏季Olympicsは中止となり、NHKによる、日本初の、本格的な、テレビ放送の開始は、1953年まで、東京夏季Olympicsの開催は、1964年まで、待たなければなりませんでした。
写真以下16枚。渋谷(shibuya)区(東京中心部(東京23区)の西部に位置する区)の中部(中心部)に位置する(渋谷(shibuya)区役所の、道路挟んで、北側に隣接している)、現在の、NHK放送center。広い敷地を有しています。1964年の東京夏季Olympicsの、国際放送センター(International Broadcast Centre)の敷地であった、現在地(現在の敷地に)、東京都心部でも、中心的な地域に位置していた、(NHKの)、現在の、NHK放送centerに当する施設の、先代の建物(1938年完成)から、(1964年の東京夏季Olympicsが終了した直後から)10年近くかけて、引っ越して来た物で、現在の、NHK放送centerの建物は、1973年に完成した物です(ただし、NHK放送centerの、現在の建物の内、最も、古い部分は、1964年の東京夏季Olympicsの、国際放送センター(International Broadcast Centre)の建物(1964年完成)を改修した物)。NHKは、NHK放送centerの、現在の建物を建て替える計画であり、2020年に開催される予定である、東京夏季Olympics(東京で、2度目の、Olympics)の開催後に、建て替えの工事に着工し、2025年に、新しい建物の、一部の施設の運用を目指しますが、新しい建物への、全ての建て替え工事が終わるまでには、20年近くかかる見込みです。新しい建物の床面積は、現在の建物(約230,000平方m(約69,600坪))よりも、約30,000平方m(9,000坪と少し)広い、約260,000平方m(約78,650坪)にする計画です(以上、NHK放送centerの、建物の建て替えに関する説明は、新聞の記事を参考にしました)。現在、東京では、1960年代から1970年代頃に建てられた、大規模な、現代建築の建物の、建て替え、又は、建て替え計画の、ちょっとしたブーム(ちょっとした波)が起こっています(こうした、東京における、大規模な、現代建築の建物の、建て替えブーム(建て替えの波)の対象には、一部、1980年代に建てられた建物も、含まれており、さすがに、1980年代に建てられた建物の建て替えは、もったいないような気がします)。
写真左側の高層の建物は、現在の、NHK放送centerの建物の中心的な建物で(現在の、NHK放送centerの建物を象徴する建物で)、高さは、101.8mあります。設計は、日本の世界最大級の建築設計事務所、日建設計(Nikken
Sekkei)が手掛けました。1970年代初期に完成した高層ビルにしては、デザイン(design)に、それ程は、古さを感じられません。
写真以下3枚の、キャラクター(character)は、どーもくん(Domo)。NHKの、マスコットキャラクター(mascot)の一つで、人気のマスコット(mascot)です。
写真以下3枚。この日は、NHK放送centerの、一般人向けの見学施設を訪れました。NHK放送centerの、一般人向けの見学施設を訪れたのは、子供の頃、友達、私の母、友達の母と訪れた時以来です。記憶が曖昧ですが、おそらく、NHK放送centerの、一般人向けの見学施設は、大規模な改装により、私が子供の頃とは、全く、違った物となっています(ちなみに、私が子供の頃の、NHK放送centerの、一般人向けの見学施設も、それなりに楽しめました)。
写真以下2枚。NHK放送centerの、一般人向けの見学施設のパンフレット(leaflet)。
どーもくん(Domo)。
「近場で過ごす休日3-2」に続く。。。
「近場で過ごす休日3-2」は、以下です。
近場で過ごす休日3-2→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_16/view/id/3725621?&sfl=membername&stx=nnemon2