基本的に、2015年の4月の中旬に行った投稿の再掲で、2015年の3月の下旬に、彼女(私の今の彼女。以下、彼女と書きます)と、東京の下町(shitamachi)(旧市街)(東京都心部の東部)に遊びに行って来た時の物です(投稿文は、2015年の4月の中旬の投稿を前提としています)。ちなみに、当時、まだ、私は、30代の後期、彼女は、20代の初めの大学生でした。
3月の下旬、個人的に休みであった日(以下、この日と書きます)に、東京の下町(shitamachi)(旧市街)(東京都心部の東部)に、遊びに行った時の事です。
この日は、浅草(asakusa)(後で、詳しく説明します)に、主に、遊びに訪れました。
この日は、我が家の最寄りの、通勤電車・地下鉄駅から、地下鉄に乗って、一度、地下鉄を乗り換えて(地下鉄、銀座(ginza)線に乗り換えて)、浅草(asakusa)に行きました。我が家から、浅草(asakusa)に遊びに行く際は、通常、この方法で行きます。
以下、参考に、少し、地下鉄、銀座(ginza)線に関する説明です。
銀座(ginza)線(路線距離14.3km)は、渋谷(shibuya)(東京最大級の繁華街の一つ。東京都心部の西部に位置する)と、浅草(asakusa)を、銀座(ginza)area(東京を代表する繁華街、且つ、東京最大級の繁華街の一つ。東京都心部の中でも、中心的な地域に位置する)を経由して結ぶ地下鉄路線です。銀座(ginza)線は、1927年に開業した、アジアで、最初の地下鉄路線(主に、地下を走る、鉄道路線)です。
写真以下2枚。前にアップ(upload)した写真の、再利用。地下鉄、銀座(ginza)線の、浅草(asakusa)駅(1927年に、銀座(ginza)線の開業と共に開業した、とても古い地下鉄(地下を走る鉄道)駅)です)にて。。。アジアで最初の、地下鉄(主に地下を走る鉄道)である、銀座(ginza)線の、1927年の開業時の、ポスター(poster)の展示。


ちなみに、第2次世界大戦前には、既に、(日本の2都市を含む)世界の15都市で、地下鉄(主に地下を走る鉄道)が走っていました。以下、第二次世界大戦前に、既に、地下鉄(主に地下を走る鉄道)が開業していた、世界の15の都市、開業順に(()内は、開業年)、イギリスのLondon(1863年)、ハンガリーのBudapest(1896年)、イギリスのGlasgow(1896年)、アメリカのBoston(1898年)、フランスのParis(1900年)、ドイツのBerlin(1902年)、アメリカのNew York(1904年)、アメリカのPhiladelphia(1907年)、ドイツのHamburg(1912年)、アルゼンチンのBuenos Aires(1913年)、スペインのMadrid(1919年)、スペインのBarcelona(1924年)、日本の東京(1927年)、日本の大阪(1933年)、ロシア(当時は、ソビエト連邦)のMoscow(1935年)。第二次世界大戦前に、既に、国内の、複数の都市で、地下鉄(主に地下を走る鉄道)が走っていた国は、世界でも、アメリカ(3都市)、イギリス(2都市)、ドイツ(2都市)、スペイン(2都市)、日本(2都市)の、五カ国だけでした。スウェーデン(1950年に、Stockholmに、地下鉄が開業)、カナダ(1954年に、最初の地下鉄が、Torontoに開業)、イタリア(1955年に、最初の地下鉄が、Romeに開業)、オランダ(1968年に、最初の地下鉄が、Rotterdamに開業)等に、地下鉄(主に地下を走る鉄道)が開業したのは、第二次世界大戦後の事です。ちなみに、韓国の方は、ご存知の方もいると思いますが、韓国で、最初の地下鉄(主に地下を走る鉄道)は、香港(1979年に開業)とシンガポール(1987年に開業)に、先んじて、1974年に、ソウルに開業しました。
この写真は、この日に撮影した写真(我が家から、浅草(asakusa)に行く際の、地下鉄の乗換駅にて撮影した写真)。現在、銀座(ginza)線では、01系車両(1984年にデビュー(debut)(試作車は、1983年にデビュー(debut))した車両)と、新1000系車両(2012年にデビュー(debut)した車両)と、2種類の(2つの系統の)、地下鉄車両が使われていますが、写真は、新1000系車両です。新1000系車両のデザイン(design)
は、1927年に、地下鉄、銀座(ginza)線の開業と共にデビュー(debut)した、地下鉄、銀座(ginza)線で、最初の車両である、1000系車両をイメージした物となっています。日本では、近年、近代のデザイン(design)を、再評価する流れにあります。今後、01系車両との置き換えが進められ、来年(2016年)までに、全て、01系車両と置き換えられ、銀座(ginza)線の、全ての車両が、新1000系車両となる予定です。
銀座(ginza)線は、2分から3分間隔の、高頻度で運行されています(したがって、1本、電車を逃したとしても、ほとんど待たずに、次の電車に乗る事が出来ます)。銀座(ginza)線(1927年開業)は、東京で、最も、古い地下鉄(主に地下を走る鉄道)路線である事から、東京で、最も、条件の良い(営業効率の良い)場所を走る地下鉄路線である事(新宿を通らない事を除けば、渋谷(shibuya)、表参道(omotesando)、青山(aoyama)、赤坂(akasaka)、新橋(shinbashi)、銀座(ginza)、日本橋(nihonbashi)、上野(ueno)、浅草(asakusa)等、西から東へ、概ね、東京の、主要な繁華街・商業地を結ぶ、黄金ルートと言えるルートの路線である事)、また、土地の値段や建設費が安かった、古い時代に建設された、地下鉄路線である事から、おそらく、東京の地下鉄路線の中で、最も、利益率が高く(経営者(経営会社)等にとって、効率が良く)、黒字額が大きい、地下鉄路線となっています。また、たぶん、東京圏の、全ての、通勤電車・地下鉄路線の中で、山手(yamanote)線(下の補足説明参照)と並び、最も、利益率が高い(経営者(経営会社)等にとって、効率が良い)、路線であると思います。
山手(yamanote)線:東京都心の環状(loop)路線(通勤電車路線)。1885年開業。路線距離、34.5km。東京の四大繁華街(東京最大級の、四つの繁華街。銀座(ginza)・有楽町(yurakucho)、新宿、渋谷(shibuya)、池袋(ikebukuro))の、全てを通ると共に、東京駅(東京を代表する鉄道駅で、東京の駅の中で、最も、鉄道の発着数が多い駅。周辺は、丸の内(marunouchi)等、東京を代表する、ビジネス(business)の中心地区となっている)、上野(ueno)(浅草(asakusa)と共に、東京の下町(旧市街)(東京都心部の東部)最大級の繁華街)等も通る。
さらに、銀座(ginza)線は、御堂筋(midousuji)線(大阪(東京に次いで、日本第二の都市圏人口を有する都市)で、最初に開業した地下鉄(主に地下を走る鉄道)路線。1933年開業。路線距離、24.5km)、東山(higashiyama)線(名古屋(nagoya)(東京、大阪に次ぐ、日本第三の都市圏人口を有する都市)で、最初に開業した、地下鉄(主に地下を走る鉄道)路線。1957年開業。路線距離20.6km)に次いで、日本全国の地下鉄(主に地下を走る鉄道)路線の中で、3番目に、黒字額が、大きい、地下鉄(主に地下を走る鉄道)路線となっています。
以上、銀座(ginza)線に関する説明、終わり。。。以下、この日、訪れた、浅草(asakusa)(上野(ueno)と共に、東京の下町(shitamachi)(旧市街)(東京都心部の東部)最大級の繁華街であると共に、東京の下町(shitamachi)(旧市街)を代表する繁華街)についての話に戻ります。
東京都心部の東部(北東部)に位置する、浅草(asakusa)は、現在は、東京の主要な繁華街の一つに過ぎませんが(それでも、東京の下町(shitamachi)(旧市街)(東京都心部の東部)の中心的な繁華街となっている)、第二次世界大戦前は、銀座(ginza。東京都心部の中でも、中心的な地域に位置する)と共に、東京の二大繁華街でした(第二次世界大戦前は、銀座(ginza)が、中流層及び上流層の為の中心的繁華街、浅草(asakusa)が、庶民の為の中心的繁華街と言った感じでした。ちなみに、銀座(ginza)は、今でも、東京を代表する繁華街の座を維持していると共に、東京を代表する高級繁華街となっています)。浅草(asakusa)は、第二次世界大戦末期の空襲で、壊滅的な被害を受けました。また、第二次世界大戦後、浅草(asakusa)が、衰退して行く一方で、東京都心部の西部(1920年代から1930年代に、本格的な開発が始まった、東京の新市街・新興住宅地)の、新宿(shinjyuku)や渋谷(shibuya)等が、東京の新たな主要な繁華街として、成長し、台頭して来ました。これにより、浅草(asakusa)は、東京最大級の繁華街の座は、新宿(shinjyuku)や渋谷(shibuya)等、他の繁華街に譲りました(ちなみに銀座(ginza)は、第二次世界大戦前と後を通じて、現在に至るまで、東京を代表する繁華街であると共に、隣の有楽町(yurakucho)と合わせて(銀座(ginza)・有楽町(yurakucho))、東京最大級の繁華街の座を維持)。
それでも、浅草(asakusa)は、今でも、上野(ueno)と共に、東京の下町(shitamachi)(旧市街)(東京都心部の東部)最大級の繁華街であると共に、東京の下町(shitamachi)(旧市街)を代表する繁華街となっています。浅草(asakusa)は、東京の庶民的な繁華街の代表的な存在であると共に、昔の東京の、大衆の繁華街の雰囲気が、食文化、食堂、工芸品、土産物店等、文化として、たくさん残っている為に、東京を代表する観光地の一つとして、栄えています。浅草(asakusa)には、歴史が古い、食堂・レストラン・店舗等が、多くあります。
写真以下3枚(写真は、借り物)は、おまけ。。。かつて、浅草(asakusa)に存在した、近代建築の搭、凌雲閣(ryounkaku)。1890年に完成(開業)した、観光用のタワー(tower)で、東京で最初の、近代・現代建築の、高層且つ、観光用の展望台が付いた、搭(tower)です。設計は、イギリス人が行いました。12階建て、高さは、約52.4m(約66.7mと言う説もあり)で、1階は、入口(ロビー(lobby)と言った感じかな)、2階から7階は、世界中の(世界各国の)品物を販売する店舗が入り、8階は、休憩室、10階から12階は、展望台となっていました。開業して、しばらくの間(1890年代)は、東京の主要な観光場所の一つとして、とても多くの人々で賑わった様ですが、1900年代に入ると、飽きられ、徐々に、人気を失って行った様です。巨大地震に耐えられる様な、近代建築の設計技術・耐震技術が未熟であった事から、1923年の、関東大震災(1923年に東京areaを襲った巨大地震。東京都心部等が、非常に大きな被害を受けた)で、8階部分よりも上が崩壊し(地震発生当時、展望台には、12、3名(12名から13名)がいたが、1名を除き、全員が崩壊に巻き込まれ亡くなりました。wikiより。。。)、運営していた会社が、復旧を諦めた事から、同年(1923年)、爆破解体処理されました。ちなみに、凌雲閣(ryounkaku)が開業してから、およそ125年後の、現在は、浅草(asakusa)の近くには、東京ski
tree(高さ634m)が、そびえ立っています(もちろん、巨大地震が起きても、大丈夫である為の技術が、投入されています)。もう一つ、ちなみに、浅草(sensou)寺(この投稿一番下でリンクを付けている次回の投稿を参照)の、先代の五重塔(17世紀に建てられた)は、凌雲閣(ryounkaku)と異なり、関東大震災(1923年に東京areaを襲った巨大地震。東京都心部等が、非常に大きな被害を受けた)でも、大丈夫でした(地震地帯に位置する国である日本の、伝統的な建築技術が、19世紀後期当時のヨーロッパ(イギリス)の、近代的な建築技術に勝ったと言った感じでしょうか。。。)。




松屋(matsuya)デパート(1869年創業)、浅草(asakusa)店(1931年開店。写真は、借り物で、1931年開店当時の物)。松屋(matsuya)デパート、浅草(asakusa)店には、日本で最初の、本格的な、デパートの屋上の遊園地が設置されました(上の1931年の開店時の写真にも、屋上に、遊園地が見えます。現在は、松屋(matsuya)デパート、浅草(asakusa)店の建物の屋上は、遊園地となっておらず、展望場所を兼ねた、休憩場所となっています)。松屋(matsuya)デパート、浅草(asakusa)店は、1931年の開店以来、長らく、庶民の為のデパートとして賑わって来ましたが、時代の流れにより(デパートと言う営業形態自体が、時代遅れとなって来た)、現在は、デパートの建物の内、地下から3階までが、松屋(matsuya)デパート、浅草(asakusa)店、4階以上の階(4階から7階まで)は、「EKIMISE」と言う、ショピングモール(shopping mall)となっています。ちなみに、銀座(ginza)にある、1925年に開店した、松屋(matsuya)デパート、銀座(ginza)店(現在の、松屋(matsuya)デパートの本店)は、銀座(ginza)を代表するデパートの一つとなっています。松屋(matsuya)デパート、銀座(ginza)店の、現在の建物は、1925年の開店時からの物ですが、内外装に、大きな改装が、加えられており、昔の面影は、ほとんど感じられません(松屋(matsuya)デパート、銀座(ginza)店の、開店当初(1925年から1930年代)の内装は、非常に豪華な物であった様です)。
写真以下。前に、アップ(upload)した写真の、再利用。浅草(asakusa)の、風景例。

松屋(matsuya)デパート、浅草(asakusa)店の建物。1931年に建てられた物です。時代の流れにより(デパートと言う営業形態自体が、時代遅れとなって来た)、現在は、デパートの建物の内、地下から3階までが、松屋(matsuya)デパート、浅草(asakusa)店、4階以上の階(4階から7階まで)は、「EKIMISE」と言う、ショピングモール(shopping mall)となっています。

神谷(kamiya)bar。1880年創業の、浅草(asakusa)にある、バー(bar)です。長い間、東京の、酒飲み(酒(アルコール(alcoholic)飲料)を飲むのが好きな)庶民の、社交場として親しまれて来ました。現在の建物は、1921年に建てられた物です。神谷(kamiya)barは、電気ブラン(denki bran)と言う、1882年に誕生した、神谷(kamiya)bar独特の、お酒(アルコール(alcoholic)飲料)(アルコール(alcohol)度数は、30%と40%の2種類)で、有名で、電気ブラン(denki bran)は、同bar(神谷(kamiya)bar)で、古くから、人気の、飲み物となっています。
以下の投稿(すぐ下でリンクを付けた投稿)に続く。。。
浅草散歩・並木藪蕎麦他→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_16/view/id/3926123?&sfl=membername&stx=nnemon2