追悼 木村拓也さん
【巨人・阪神】七回裏巨人2死満塁、2点適時二塁打を放ち、雄たけびをあげながら一塁へと向かう、木村拓=東京ドームで2009年4月11日撮影もっと見たい方は↑写真↑をクリック!
2010年4月7日
阿部主将もぼうぜん
「まだ受け入れられない」
巨人の木村拓也内野守備走塁コーチが7日午前3時22分、くも膜下出血のため、広島市内の病院で死去した。37歳だった。
木村さんは2日の広島戦(マツダ)の試合前、シートノック中に倒れて、広島市内の病院に入院していた。球団によると、遺体は夫人の手でユニホームを着せられ、広島市内の自宅に帰ったという。
球団には深い悲しみが広がった。阿部慎之助主将は「まだ受け入れられないというか、本当なのかというのが正直なところ」とぼうぜん。宮崎南高の先輩に当たる清武英利球団代表は「どん底にいた巨人を日本一に引き上げてくれた立役者。よく頑張ったよと言ってあげたい」と、声を詰まらせながら言葉を絞り出した。
巨人・阿部慎之助捕手「まだ受け入れられないというか、本当なのかというのが正直なところ。何と言っていいか分からない。タクさんの気持ちの分までやるしかない」
巨人・清武英利球団代表「巨人がどん底にあった2006年に来てくれて、日本一へと引き上げてくれた立役者。たくさんの記憶を残してくれた。よく頑張ったよと言ってあげたい」
加藤良三コミッショナー「3月の新人研修会で『うまくいかない時にも決してあきらめることなく、自分の可能性を切り開いていく』などの深みのある講話をいただいた。37歳という若さだけに痛切の念に堪えないが、野球界への多大なる貢献をはじめ、立派な人生だったと思う」
(2010年4月7日11時55分 スポーツ報知)
原監督も号泣、球団は
追悼試合とお別れの会
木村拓也コーチの死去を受け、記者会見で目頭を押さえる巨人・原監督(7日)
巨人・木村拓也内野守備走塁コーチ(享年37歳)の悲報に接し、原辰徳監督(51)らが7日、兵庫・芦屋市内のチーム宿舎で報道陣に対応した。原監督は「何とか奇跡を、それだけを思っていましたが、かないませんでした」と涙を流し、主将の阿部は「(思い出を)振り返ったりすることも受け入れられない状況なので、何を考えていいか分からない」と悲しみに暮れた。
また、清武球団代表は4月23日からの広島3連戦(東京D)のうち1試合を木村さんの追悼試合とし、同時期に「お別れの会」を行う意向を明かした。
(2010年4月7日11時05分 スポーツ報知)