オリックス・宮古島キャンプのある日、彼の神髄とも思える投手哲学を聞いた。投手にとって、打者を打ち取るために最も重要なこととはなにか。いささか抽象的な質問とは承知の上でそう尋ねると、朴賛浩は思いを巡らすことなく、こう即答した。
「コミュニケーション」
肉体、技術、制球力、配球……それらは大前提、必須条件とでも言うかのように、彼はコミュニケーション(意思の疎通)を挙げたのだ。
「特に捕手との意思疎通ですね。当たり前に思われるかも知れない。でもこれ以上大事なものはないと私は思っている」
例えば「1アウトを取るための過程は、2回同じシチュエーションはない」と言う。
「打者の右、左に留まらず、その打者の性格、スイングのクセや軌道。バットの出る角度。走者が得点圏にいるか否かは勿論だし、アウトカウントも当然違う。極論ではなく、打者から1つのアウトを取るのに決まったパターンなどはない。文字通り無限の選択肢があり、その中から初球にどんな球種、コースを選択するか。ウイニングショットも同様です。そこで大事になるのが捕手との呼吸なわけです。サインを交わさずともお互いが一致した配球を選択するくらいでなければ、本当の意味で打者を打ち取ることは出来ない」
淀みなくそう語る彼は、まるで求道者のごとく、繊細な表情をしていた。そう言えばオリックスに入団決定直後のこと。まだロサンゼルスに滞在していた彼は、球団に昨シーズンの試合映像を送るよう求めたという。その話を聞いた当初、今季戦うパ・リーグの打者たちを少しでも早く知りたかったのだろう、と思った。しかしオリックスの関係者は首を横に振った。
「それ以上に、自分がどんな選手たちとプレイするのかを知りたかったようなんです」
その中でも、日高剛らオリックスの捕手たちが、どのように投手をリードし、どのような攻め方を望むのか。そうしたことを、来日前に知りたかったのではないか。
朴賛浩は「答えは明かさない」とでも言うかのような苦笑を浮かべつつ語った。
「まだキャンプのこの時期、私は捕手を知らないし、捕手も私を知らない。ピッチング練習は勿論だが、私はキャンプとは50%以上、お互いを知るための時間だと思っています」
力だけで勝負ができた若い時期なら、そこまでの繊細さは必要としなかったのかも知れない。だが月日を重ね、球威より制球と配球が生命線となるに従い、そういう思いに至ったのか。
いや、それだけではない。お互いがお互いを知る重要さ。それは17年間という歳月を、人種のるつぼであるアメリカ社会で、そしてメジャーという競争の世界で、数少ないアジア人として生き抜いてきた。そんな朴賛浩だからこそ辿り着いた境地なのだ。
さらに17年を生き抜いた男は、繊細さと同時に大胆さも持ち合わせている。あえて言えば、いい意味での鈍感さと言い換えてもいい。
例えばマウンドの硬さだ。キャンプで初めてブルペンに入った日には、柔らかい日本独特のマウンドに大きな戸惑いを見せた。しかし次の機会ではなにごともなかったように投げていた。今季から導入された統一球にしても、メジャーの仕様に近いと言われるものの、彼にとって初めて手にするボールに違いはない。なのに違和感ひとつ口にしない。
「与えられた条件は、どの投手も一緒じゃないか。別に気にすべきことじゃないよ」と、さらりと言ってのけた。そうした鈍感さ、逞しさもまた、マイナーから這い上がっていく中で培ったものに他ならない。
果たして、38歳の朴賛浩が今季どれだけの結果を残せるのか。間違いないことは、成績や数字以上のものをオリックス投手陣に、そして日本球界にもたらすだろうと言うことだ。
メジャー124勝と言葉にすれば簡単だが、そんな一言では片付けられないもの。それに刮目(かつもく)してみたい。