元日本代表DFで02年日韓W杯の16強進出に貢献した松田直樹(34)=JFL・松本山雅=が2日、長野・松本市内の梓川ふるさと公園での練習中に倒れ、心肺停止状態となった。急性心筋梗塞とみられ、午前10時過ぎに市内の信州大医学部付属病院の救急救命センターに緊急搬送された。人工心肺装置により血流を維持し、心肺停止状態から微弱ながら心臓の鼓動は戻ったが意識はなく、今村浩医師は「極めて厳しい状態」と語った。
元代表戦士が突然の惨禍に襲われた。2日午前10時23分に信州大病院集中治療室に搬送された松田は、午後8時を過ぎても意識は戻っていない。この時点で心臓の鼓動はごく微弱、自律して機能する状態ではない。人工心肺からつないだ管を体内に通し、全身の循環機能を維持していた。午後6時、信州大病院の今村医師は会見で「生死? それも含めて非常に厳しい状態」と明かした。
午前9時42分、松本山雅の練習で約15分のランニングを終えると、松田は突然、体調不良を訴えた。「ヤバイ、ヤバイと発して、そのまま受け身を取るような形で倒れた」と加藤善之監督。あおむけに倒れ、けいれんを起こした。練習場に悲鳴が上がった。慌てて、クラブの医療スタッフと居合わせた看護師によって人工呼吸と心臓マッサージが行われた。
クラブにも練習場にもAED(自動体外式除細動器)はなかった。10時13分に到着した救急車内で、さらに電気ショック、薬剤投与も受けたが、意識は戻らず。病院に着いたころには心肺停止状態。急性心筋梗塞とみられている。
7月31日は松商学園高との練習試合で75分間出場。前日1日のオフは横浜で過ごした。夜に松本に戻り、この日の午前9時30分からの練習に参加。冒頭のミーティングでは「正面に立っていたが、どこか悪いそぶりはなかった」と加藤監督。気温24度、曇り空。過酷な天候ではない。今村医師は「まだ若いし、スポーツをしている人の(急性心筋梗塞)発症は、ないわけではないがまれ。特定の理由は見当たらない」。原因不明の悪夢だ。
02年日韓W杯では右DFとして16強入りに貢献。対人プレーに無類の強さを誇った。95年から在籍した横浜Mでは385試合出場。アトランタ、シドニーと2度の五輪に出場し、日本サッカー史に名を刻む名手。昨オフに横浜Mから戦力外通告を受け、JFLの松本山雅に移籍。J2昇格の請負人として意気込んでいた。情に厚い熱血漢。多くの選手に慕われた。
病院には、松本山雅の選手全員や、元チームメートが詰めかけた。全国からサポーターも集まり、祈るような気持ちで回復を待った。
◆松田 直樹(まつだ・なおき)1977年3月14日、群馬県生まれ。34歳。DF。前橋育英高から95年に横浜M入団。96年アトランタ五輪、2000年シドニー五輪に出場。02年日韓W杯でも日本の守備を支え、ベスト16入りに貢献。クラブでは3度のリーグ優勝を経験。昨オフ、横浜Mを戦力外となりJFLの松本山雅に移籍。J1通算385試合17得点。JFL通算15試合1得点。国際Aマッチは40試合1得点。183センチ、78キロ。
(2011年8月3日06時01分 スポーツ報知)
http://hochi.yomiuri.co.jp/soccer/etc/news/20110803-OHT1T00004.htm
松田 回復は「本人の生命力次第」も…サッカー続けるのは難しい
松田、急性心筋梗塞で意識不明
2日の練習中に体調不良を訴えて倒れ、松本市内の病院に救急搬送されたJFL松本山雅の元日本代表DF松田直樹(34)。急性心筋梗塞と診断され緊急手術を受け、現在は集中治療室(ICU)での治療が続いている。
横浜市・福田医院の福田伴男院長によると「心筋梗塞の予兆は、心電図の検査などで必ずしも分かるわけではない。筋肉隆々のスポーツマンでも何の前触れもなく、突然発症するため予防は大変難しい」という。心筋梗塞の原因として考えられるのが動脈硬化で、「激しい運動をすることで生まれる活性酸素は体をさびさせる作用があり、これが長年積み重なることで血管細胞の老化、劣化を引き起こして心筋梗塞や脳梗塞につながる可能性がある」。同医師は松田の今後について「心肺停止に陥ったことで、脳に血液がまわらない虚血状態となり、必要な酸素が不足したことで脳にダメージが残る恐れがある。心臓の手術が成功したとすれば、回復は本人の体力、生命力次第だと思う。ただし、サッカー選手として現役を続けることは難しいでしょう」としている。
[ 2011年8月3日 07:45 ]
http://www.sponichi.co.jp/soccer/news/2011/08/03/kiji/K20110803001338670.html

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容態に関しては、今のところ変化がない模様。
もし助かったとしても現役は難しい…
まあ、そうなんだろうけど、、、、可哀想だなぁ。