韓国がなくしたサッカーを日本が見せる
記事入力2013-06-20 12:09 |最終修正2013-06-20 13:17
強烈な日本の敗北は無気力な韓国とは違った。 日本がイタリアに逆転負けにあってコンフェドレイションズカップ脱落を確定作った。 開幕戦でブラジルに敗れたのに続き2連敗を記録した日本は残ったメキシコ戦結果と関係なく組別リーグで大会を締め切る。 だが、イタリア戦で彼らが見せた敗北は拍手してあげたい程印象的で強烈な内容だった。 二日前ホームで開かれたワールドカップ最終予選でイランに無気力に敗れた韓国サッカーとは相反する競技力だった。 ブラジルワールドカップ本戦を1年控えてアジアの盟主を自任する韓国と日本は準備状況と表情全180度違う姿だ。
▲海外派比重は似ているが、内容は他の韓日サッカー
韓国と日本は現在のアジア サッカーで最も先んじている両国だ。 2002年韓日ワールドカップを分岐点でワールドカップ、オリンピック、U-20ワールドカップなど対外競争力を証明する大会でアジア最高成績を出してきた。 ヨーロッパをはじめとする海外進出選手も断然引き立って見える。 両国全部もう海外で活躍中である選手たちがスクォドゥの半分以上を占めるほどになった。 ヨーロッパ サッカーでの韓日戦が深刻なほど広まるほどだ。 両国ファンたちはヨーロッパ派を中心にした海外進出選手たちの活躍像を置いて自尊心戦いを行う。
海外派の代表チーム内比重、そして所属チームでの活躍度は両国は似ている。 韓国は今回のワールドカップ最終予選3連戦にソン・フンミン(レバクーゼン),イ・チョンヨン(ボルトン),チ・ドンウォン(アウクスブルク),キム・ボギョン(カーディフシティ),粗酒号(バーゼル),クァク・テフィ(アルシャバプ)等を呼んだ。 たとえ今回招集されなかったがキ・ソンヨン(スウォンジーシティ),ク・チャチョル(アウクスブルク),パク・ジュヨン(セルタビで),ユン・ソクヨン(QPR),ナム・テヒ(レクウィヤ),イ・ジョンス(卵サド)等は競技力だけ回復すればいつでも呼ぶことができる資源だ。
日本は今回のコンフェドレイションズカップに参加した23人のスクォドゥ中14人が海外派だ。 海外派は電源ヨーロッパで走っている。 本田ケイスケ(CSKA某スカー)とカガワ・シンジ(マンチェスターユナイテッド)を筆頭に岡崎神智(シュツットガルト),長友ユウト(インターミラン),ハセベ・マコト(ヴォルフスブルク),吉田マヤ(サウサンプトン),サカイ・ヒロキ(ハノーバー),乾、高橋(プランププルトゥ),ホソガイ・ハジメ(レバクーゼン),ハベナル マイク(雨縁三),紀要タケ・ヒロシ(ニュルンベルク),ウチダ アツト(シャルケ),サカイ コウトウク(シュツットガルト),カワシマ・エイジ(スタンダルリエジュ)世間ずれしている。
比重は日本が若干優位だが最近一人一人の活躍像をおいてみれば韓国が優位だ。 ソン・フンミンは2年前ドルトムントのカガワを見るような熱風をブンデスリーガーで起こした。 ク・チャチョルとチ・ドンウォンは後半期に優れた活躍を広げたしキ・ソンヨンも全般的なフォームが良かった。 イ・チョンヨン、キム・ボギョン、粗酒号も所属チームで主戦で良い姿を見せた。 日本はカガワがマンユー移籍後安定的に適応した。 ヨーロッパ派の胴といえるドイツ ブンデスリーガーで走る選手たちはほとんどの平均以上の成果を出した。
蹴られる日本がそのような海外派の力量を完全に抜き取ったという点だ。 イタリア戦でアルベルト チャケロニ監督は2線攻撃をヨーロッパ派の核で構成した。 本田がプレイメーカーに出たし両側面にカガワ、岡崎が立ってイタリアのかんぬき守備を揺さぶった。 主張ハセベはJリーグ最高の選手に選ばれる遠藤ヤスヒトとともに立ってミッド フィールドで‘パスマスター’アンドレア ピルルロと正面対立した。 韓国は最終予選3連戦でイ・チョンヨンを除いた残り海外派の起用方式と頻度がでこぼこした。 ヨーロッパでのシーズンの間良い姿を見せたチ・ドンウォン、キム・ボギョンは空回りした。 ソン・フンミンがウズベキスタン戦とイラン戦に選抜出場したが完全でなかった。 あえて腰を経る必要なく一度に前に進む方式のサッカーでヨーロッパ派が力を使う身動きの幅は狭かった。
▲韓国がなくしたサッカーを日本が見せる
イタリア戦で日本が目を引いたことは彼らのアップグレードされたサッカー方式だった。 南アフリカ共和国ワールドカップが終わった後イタリア出身のチャケロニ監督を選任した日本は占有率とパス中心のサッカーに洗練された圧迫と守備サッカーを加えた。 セリエAでACミラン、ラチオ、インターミラン、ユベントスなど無数の名門チームを引き受けたチャケロニ監督は戦略的な3-4-3システムを稼動することで有名だ。 最近セリエAで流行している日時スリーバックを通した前進圧迫で競技を支配する方式だ。 イタリア代表チームのチェーザレ プランデルリ監督も去るユーロ2012でこのシステムを稼動したことがある。
チャケロニ監督は赴任初期に日本代表チームにも3-4-3システムを接続させようとした。 だが、長時間フォーバックになじんだ選手たちの指向を把握しては4-2-3-1システムに戻った。 代わりに相対的に緩かった圧迫の強度を高めることによって日本サッカーが持った占有率とパスという長期をより一層鋭利にさせている。 実際に日本はイタリア戦で後半追加時間にも猛烈な圧迫を見せた。 1ゴール差リードに差し迫っていたイタリアは発露テレ、ピルルロなどが球を引っ張って時間を遅延する姿を演出した。 敗れたりしたが日本は占有率(55対45),シューティング(17対12),有効シューティング(11対8),実際の競技時間(30対24)等すべての部分でイタリアを圧倒した。
強力な圧迫を源泉で球を所有して相手ゴールで突進するサッカーは去る2002年フース・ヒディンク監督が遺産で残してある韓国サッカーの大切な資源だった。 圧迫とビルドアップの方式を分からなかった韓国サッカーはヒディンク監督のおかげで世界サッカーの流れに乗ることができた。 韓国が持った猪突性とあきらめない精神力でヒントを得て一つのモデルが作られたのだ。 90年代に入りブラジルとフランスのサッカーを模倣しようとした日本はパスワークでは世界水準だったがこの流れに乗ることができなくて2000年代に入りしばらく揺れた。
しかし韓日ワールドカップから10年が過ぎた今韓国と日本の状況は再び逆転する雰囲気だ。 韓国は2002年世代が代表チームで痕跡をなくしながら圧迫の原動力であるチームの一体化が消えて方向を失って揺れている。 代表チームの危機は2011年パク・チソンとイ・ヨンピョの引退で深刻化された。 日本はチク監督体制で払った2006年ドイツワールドカップで浮沈(油で焼くこと)激しい姿を見せたが以後イビチャ・オシムとチャケロニで続くヨーロッパ システムを通じて圧迫サッカーを手に入れた。 事実上オシム監督の遺産で払った南アフリカ共和国ワールドカップで16強を達成したし、今回のブラジルワールドカップ予選もたやすく通過して本戦を準備中だ。
▲日本のように4年、そして10年を見て下絵を描いて
ライルボンは1998年フランスワールドカップを加茂周監督(予選)と岡田タケシ監督(本戦)体制で払った以後のワールドカップを全部外国人監督に任せている。 2002年韓日ワールドカップはフィリップ・トルシエ、2006年ドイツワールドカップはチク、2014年ブラジルワールドカップはチャケロニ監督が4年をまるごと受け持っている。 2010年南アフリカ共和国ワールドカップも当初オシム監督に任せる予定だったが彼が脳梗塞で倒れながらやむをえず岡田監督体制で終えられた場合だ。 アジア サッカーはヨーロッパ、南米などの大陸に比べて指導者の水準が高くない。 日本はアジアで指導者ライセンス システムを最もはやく導入したのに跡サッカーの頂点にある国家代表チームは外国人監督に任せている。 世界サッカーの流れを目分量で読むのではない、ヨーロッパと南米の監督のことを完全に吸収するためだ。 韓国が2006年ドイツワールドカップ以後国内監督中心に背を向けたこととは相反した選択だ。
何よりワールドカップを目標に4年という計画を持って外国人監督に図を描けるようにするということが韓国との決定的蹴られる。 トルシエ監督はU-20代表チームとオリンピック代表チームまで引き受けて中田ヒデトシ、小野伸二、稲本ジュンイチ、中沢ユジなど代表チームの核心を育てた。 チク監督は他の監督に比べて確実な哲学とチームカラーを選ぶことができなかったが連続性と4年任期を満たしたという意味がある。 チャケロニ監督にも4年という確固たる時間が与えられた。 反面韓国は今までどんな監督も4年を満たすことができなかった。 2007年12月赴任して2010年6月南アフリカ共和国ワールドカップを終えたホ・ジョンム監督の2年6ヶ月が歴代国家代表監督中最も長かった在任期間だ。
監督が4年を見て色をつけて行くならば日本サッカー協会は10年、それ以上の長期的見識で下絵を描く。 日本がワールドカップを準備するパターンは似ている。 ワールドカップ中間にある大陸別大会であるアジアンカップで最高の成果を狙う。 日本は去る4度のアジアンカップで3番優勝した。 アジアンカップ優勝は大陸最強という成果にコンフェドレイションズカップ出場権という戦利品までプレゼントする。 コンフェドレイションズカップ出場により日本はワールドカップ最終予選序盤4競技中3景気(競技)をホームで払う配分を受けた。 ホームで3戦全勝をおさめて本戦行を開催国ブラジルを除いて世界で一番最初に確定作ることができた。 本戦体制ですでに突入した日本はコンフェドレイションズカップでブラジル、イタリア、メキシコのような世界的なチームと無料で対決した。 ブラジル現地適応体験はおまけだ。 コンフェドレイションズカップに参加した日本は来る7月韓国で開かれる東アジアサッカー大会には2軍を送ると公言した状態だ。
1年前韓国はロンドンオリンピック3,4位戦で払った日本との全面戦争で2-0完勝をおさめて銅メダルを握った。 その時の勝利は依然として私たちが日本より先んじているという優越感を感じるようにした。 しかし全面戦争でない、アジアと世界サッカーの中で各自が競争する時その絶対的競争力は私たちが達し得ないということを悟るのにまだ1年がかからなかった。 すでにブラジルワールドカップに向かう過程で二人の監督を経た韓国は再び新しい監督を座らせるための悩みに突入した。 果たして今回の監督はどんな図を韓国サッカーのために描くことができるだろうか? それもただ1年という時間の間話だ。
イタリア戦が終わってチャケロニ監督は話した。 “私の選手たちは持つ全てのものを吐き出した。 たとえ失望感を抱いて日本に戻るが私たちは堂々と頭を上げるだろう。”韓国サッカーファンやはり負けでも明るい未来を発見できたので選手たちに堂々と頭を上げようとしてするサッカーを見たい心であろう。