우선 아멘・라의 정의로부터 시작한다.
아멘・라는, 아멘신과 라신과의 습합이다.
아멘은 테이베의 대기의 수호신이며, 라신은 태양신이다.
각각, 말(개념)로부터 태어난 신이다.
(아멘신에 관해서는 후술 한다)
아멘・라는, 기원 전 2100년부터 습합되어
아멘호텝 4세의 시대 이외, 주신으로 되어 있다.
이시마타라에 관해서는 한국의 기사의 정의는 불명확으로
해당하는 것이 없고, 잘 모르지만,
우축제+수행의 장애신의 일을 가리킨다고 추측한다.
이것은 한국측의 지적과 같이 싫은 사람에 대해서의 욕의 놀이에서도
전혀 없지만, 욕이라고 하는 점에서는 공통은 하고 있다.
이 축제는, 귀신이나 역귀에게의 기피적인 축제이다.
그리고 일종의 종교적 의식이다.
(성스러운 소 신앙)
그런데, 이것이 이시마타라와 관련하는 일은, 성스러운 소 신앙이다.
이 성스러운 소 신앙은, 기원이 낡고, 아마 목축의 시작
(와)과 함께 태어난 신앙이다고 생각한다.그것과 동시에,
남성적인 일면이 있는 신앙이다고 느낀다.
이 성스러운 소 신앙이, 보다 낡은 농경적인 태여신 신앙을 구축했다고 생각한다.
성스러운 소 신앙은 동시 다발적?`니 말하는 것보다는, 목축의 전래와 함께
전래하며 갔다고 생각하는 편이 자연스럽다.
성스러운 소 신앙은 메소포타미아의 바신이 유명하고, 후에
미노타우로스, Zeus, 시바(인도 토착, 아리아계 유래는 아니다)
등이 그 대표격이다.
그러나 유태교에 대해 성스러운 소 신앙은 모제가 죽도산으로부터
내렸을 때에 모퉁이를 나고 싶고들 있어로, 나머지는 부정적이라고
파악할 수 있다.
수행의 장애신은 원래, 정토 신앙에 관한 신이기 전스레에서
전술했지만, 그럼 왜, 역귀로서의 역할이 있는 것일까.
그것은 시바신에도 말할 수 있지만, 파괴적인 역할이 역귀로서의
역할이가 되어 있다고 생각한다.
여담이지만 우두 백신이 천연두에 효과가 있었던 것이 유래로 하는 것은
조금, 후세의 부록은 아닐까 나는 생각한다.
그럼 왜, 정토 신앙의 신이 시바신인가, 시바가 파괴를 맡는 것은
왜일까?그렇다고 하는 것은 생사를 맡는 경계의 신인 것으로부터 그 결론은 이끌린다.
그리고 동시에 수행의 장애신은 미트라신이기 전스레에도 말했던 대로이다.
(어원)
아멘・라와 이시마타라는 말은 비슷하지만, 언어에 있어서의
직접적인 관련성은 얇은/`B
수행의 장애신은 미트라신이 원래이며, 미트라는 계약, 후에 친구를 가리키는 말
이다.또, 미트라는 메시아(구세주)의 어원이라고 말해진다.
단, 아멘・라신과 수행의 장애신의 원이 되는 아미타불(아미타유스)은 말
근원적으로 관련성은 있다고 생각한다.어느쪽이나 광명을 상징으로 하고 있다.
그리고 아멘신은 아마, 슈메이르의 아누, 안신,
그리고 아는나키를 근원으로 하고 있다.
(결론)
원류는 아멘・라신과 수행의 장애신은 같다.
그러나 수행의 장애신은 시대가 낡아서, 진씨의 하치만신으로서의
기원 400년경, 혹은 마도카 히토시 전래로서의 900년경
(이어)여, 시대가 새롭기 때문에, 공통점은 소, 광명이라고 한다
점뿐이다.
(후기)
아..이런 톤 데모책을 써 출판하지만 할 수 있지 않을까
생각하기 시작했던 w 오히려 이런 일의 전문이 되어 두면
인생 재미있었을지도 모른다.
전 스레 http://www.kjclub.com/jp/exchange/theme/read.php?uid=19386&fid=19386&thread=1000000&idx=1&page=4&tname=exc_board_8&number=14180
아멘·라와 이시마타라 고찰
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원문보기
アメン・ラーとイシマタラ考察
まずアメン・ラーの定義から始める。
アメン・ラーは、アメン神とラー神との習合である。
アメンはテーベの大気の守護神であり、ラー神は太陽神である。
それぞれ、言葉(概念)から生まれた神である。
(アメン神に関しては後述する)
アメン・ラーは、紀元前2100年から習合され
アメンホテップ4世の時代以外、主神とされている。
イシマタラに関しては韓国の記事の定義は不明確で
該当するものが無く、よく分からないが、
牛祭り+摩多羅神の事を指すと推測する。
これは韓国側の指摘のような嫌いな人に対しての悪口の遊びでも
まったく無いが、悪口という点では共通はしている。
この祭りは、鬼や疫病神への忌避的な祭りである。
そして一種の宗教的儀式である。
(聖牛信仰)
さて、これがイシマタラと関連する事柄は、聖牛信仰である。
この聖牛信仰は、起源が古く、おそらく牧畜の始まり
と共に生まれた信仰であると思う。それと同時に、
男性的な一面のある信仰であると感じる。
この聖牛信仰が、より古い農耕的な太女神信仰を駆逐したと思う。
聖牛信仰は同時多発的というよりは、牧畜の伝来と共に
伝来していったと考えたほうが自然である。
聖牛信仰はメソポタミアのバール神が有名であり、後に
ミノタウロス、ゼウス、シヴァ(インド土着、アーリア系由来ではない)
などがその代表格である。
しかしユダヤ教において聖牛信仰はモーゼがシナイ山から
降りた時に角が生えたくらいで、あとは否定的であると
捉えられる。
摩多羅神はそもそも、浄土信仰に関する神であることは前スレにて
前述したが、では何故、疫病神としての役割があるのだろうか。
それはシヴァ神にも言えるのだが、破壊的な役割が疫病神としての
役割をになっていると思う。
余談だが牛痘ワクチンが天然痘に効いたことが由来とするのは
少し、後世の後付ではないかと私は思う。
では何故、浄土信仰の神がシヴァ神なのか、シヴァが破壊を司るのは
何故か?というのは生死を司る境界の神であることからその結論は導かれる。
そして同時に摩多羅神はミトラ神であることは前スレにも述べたとおりである。
(語源)
アメン・ラーとイシマタラは言葉は似ているが、言語における
直接的な関連性は薄い。
摩多羅神はミトラ神が元々であり、ミトラは契約、後に友達を指す言葉
である。また、ミトラはメシア(救世主)の語源だと言われる。
但し、アメン・ラー神と、摩多羅神の元となる阿弥陀(アミターユス)は語
源的に関連性はあると思う。どちらも光明を象徴としている。
そしてアメン神はおそらく、シュメールのアヌ、アン神、
そしてアヌンナキを源としている。
(結論)
源流はアメン・ラー神と摩多羅神は同じである。
しかし摩多羅神は時代が古くて、秦氏の八幡神としての
紀元400年頃、もしくは円仁伝来としての900年頃
であり、時代が新しいので、共通点は牛、光明という
点のみである。
(後記)
あ。。こういうトンデモ本を書いて出版するが出来るんじゃないかと
思い始めましたw むしろこういう事の専門になっておけば
人生面白かったかもしれない。
前スレ http://www.kjclub.com/jp/exchange/theme/read.php?uid=19386&fid=19386&thread=1000000&idx=1&page=4&tname=exc_board_8&number=14180
アメン・ラーは、アメン神とラー神との習合である。
アメンはテーベの大気の守護神であり、ラー神は太陽神である。
それぞれ、言葉(概念)から生まれた神である。
(アメン神に関しては後述する)
アメン・ラーは、紀元前2100年から習合され
アメンホテップ4世の時代以外、主神とされている。
イシマタラに関しては韓国の記事の定義は不明確で
該当するものが無く、よく分からないが、
牛祭り+摩多羅神の事を指すと推測する。
これは韓国側の指摘のような嫌いな人に対しての悪口の遊びでも
まったく無いが、悪口という点では共通はしている。
この祭りは、鬼や疫病神への忌避的な祭りである。
そして一種の宗教的儀式である。
(聖牛信仰)
さて、これがイシマタラと関連する事柄は、聖牛信仰である。
この聖牛信仰は、起源が古く、おそらく牧畜の始まり
と共に生まれた信仰であると思う。それと同時に、
男性的な一面のある信仰であると感じる。
この聖牛信仰が、より古い農耕的な太女神信仰を駆逐したと思う。
聖牛信仰は同時多発的というよりは、牧畜の伝来と共に
伝来していったと考えたほうが自然である。
聖牛信仰はメソポタミアのバール神が有名であり、後に
ミノタウロス、ゼウス、シヴァ(インド土着、アーリア系由来ではない)
などがその代表格である。
しかしユダヤ教において聖牛信仰はモーゼがシナイ山から
降りた時に角が生えたくらいで、あとは否定的であると
捉えられる。
摩多羅神はそもそも、浄土信仰に関する神であることは前スレにて
前述したが、では何故、疫病神としての役割があるのだろうか。
それはシヴァ神にも言えるのだが、破壊的な役割が疫病神としての
役割をになっていると思う。
余談だが牛痘ワクチンが天然痘に効いたことが由来とするのは
少し、後世の後付ではないかと私は思う。
では何故、浄土信仰の神がシヴァ神なのか、シヴァが破壊を司るのは
何故か?というのは生死を司る境界の神であることからその結論は導かれる。
そして同時に摩多羅神はミトラ神であることは前スレにも述べたとおりである。
(語源)
アメン・ラーとイシマタラは言葉は似ているが、言語における
直接的な関連性は薄い。
摩多羅神はミトラ神が元々であり、ミトラは契約、後に友達を指す言葉
である。また、ミトラはメシア(救世主)の語源だと言われる。
但し、アメン・ラー神と、摩多羅神の元となる阿弥陀(アミターユス)は語
源的に関連性はあると思う。どちらも光明を象徴としている。
そしてアメン神はおそらく、シュメールのアヌ、アン神、
そしてアヌンナキを源としている。
(結論)
源流はアメン・ラー神と摩多羅神は同じである。
しかし摩多羅神は時代が古くて、秦氏の八幡神としての
紀元400年頃、もしくは円仁伝来としての900年頃
であり、時代が新しいので、共通点は牛、光明という
点のみである。
(後記)
あ。。こういうトンデモ本を書いて出版するが出来るんじゃないかと
思い始めましたw むしろこういう事の専門になっておけば
人生面白かったかもしれない。
前スレ http://www.kjclub.com/jp/exchange/theme/read.php?uid=19386&fid=19386&thread=1000000&idx=1&page=4&tname=exc_board_8&number=14180
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