(ジョン_の古田叩き&「晝永編」該当部分のにこたん現代語訳)
http://www.kjclub.com/jp/exchange/theme/read.php?uid=6819&fid=6819&thread=1000000&idx=1&page=1&tname=exc_board_11&number=5236
ジョン_が古田叩きの材料にした
鄭東愈(1744―1808)著「晝永編」該当部分を
詳細に分析してみましょうね。
-------------------------------------------------------------------------------
【「晝永編」該当部分の原文 】
嘗謂朝鮮之俗有至拙者三至難者二
拙者天下萬國之所無也
難者亦天下萬國之所不能有也
我國無針
必貿燕市
若燕貿不通雖有布帛無縫衣之道
拙一也
六畜首称牛羊而我國則養牛不知養羊
拙二也
黄帝以来陸行用車水行用舟者何地不然而我國有舟無車
拙三也
豈非萬國之所無乎
士夫婦女之無再醮之俗于今四百餘年擧國同然
難一也
士夫之族系明白其内外十世祖為五百一十二而遡考皆知
難二也
豈非萬國之所不能有者乎
【「晝永編」該当部分の現代語訳】
朝鮮の風習には拙きに至るものが三つ難儀に至るものが二つ有ると
これまでに言われたものだ。その拙いものは、朝鮮以外の他の国では
どこにも無いものだ。その難儀なものもまた、朝鮮以外の他の国では
どこにも有りえないものだ。
私の国には針が無い。必ず燕と交易して針を買う。
もし燕との交易が不通になれば、綿や絹の生地があっても
衣を縫う手段が無い。これが拙いものその一である。
六畜は主要なものに牛と羊とを挙げるが、私の国は牛を飼うけれども
羊を飼うのを知らない。これが拙いものその二である。
黄帝の昔以来、陸行は車を用い水行は舟を用いることは
どこの地域でもそうである、しかし、
私の国には舟は有るけれども車が無い。
これが拙いものその三である。
そのような三つの拙いものは、朝鮮以外の他の国にはどこにもない。
士大夫・婦女が再婚しないという風習は、今に至ること四百年余り、
全国で同じくそのままである。これが難儀なものその一である。
士大夫の親族関係は、父母親族姻族十世代の先祖が512人を
構成することをまず明らかにして、その構成員を遡って調べ、
その構成員とその親族関係すべてを知る。
これが難儀なものその二である。
そのような二つの難儀なものは、朝鮮以外の他の国には
どこにも有りえない。
----------------------------------(続く)----------------------------------------------------