「죽음의 고개를 넘고 한국에 왔지만, 기다리고 있던 것은 같은 클래스의 친구의 멸시 물어 글자째, 폭력만이었습니다」
인천(인천)이 있는 임대 아파트에서 모친(43)과 사는 탈북 주민 김·몰스(가명·18) 군은 2일,
신학기가 시작되어도 학교에 가서 않았다.
06년에 탈북 해, 음식점에서 일하는 모친이 귀가할 때까지, 집에서 1 일중 인터넷의 게임을 할 뿐이다.
김군은, 작년의 겨울 방학이 시작되면, 탈북 주민의 청소년이 다니는 경기도(콜기드)의 대안 학교를 그만두었다.
08년 12월, 모친이 1000만원을 건네주어 고용한 브로커와 함께 북한군의 어려운 감시를 찢어,
얼어붙은 압록강(아프로크칸)을 건너 탈북 한 김군은, 09년 8월, 인천이 있는 중학교의 2년에 입학했다.
북한에서는 중학 3년의 연령이었지만, 학습 부족하고 학년을 내렸다.
최초의 무렵은 클래스의 친구도 김군을 보통 전학생으로서 접했지만, 시간이 지나는 것에 따라 상황이 바뀌었다.
김군은, 친구의 자신을 보는 눈이 점차 변해가는 것을 느꼈다.
그 해의 겨울 방학을 가까이 둔 12월, 드디어 사건이 일어났다.
같은 학교에 다니고 있던 탈북 주민의 친구 3명이 김군에게 고민을 털어 놓고 사건이 시작되었다.
친구는, 「불량 그룹 4명이 욕을 해 괴롭힌다.매일 맞고 옷까지 놓쳐 학교 생활이 괴롭다」라고 호소했다.
정의감이 강한 김군은, 그들과 함께 불량 그룹의 4명을 만나, 「동급생 끼리 사이좋게 지내자」라고 했지만,
그들중 1명이 침을 토해 바보취급 했다.게다가 신장이 180센치 이상의 학생이
후부터 김군을 잡아 동작을 할 수 없게 해, 다른 3명이 집단에서 덤벼들었다.
소문을 (들)물어 체육 교사가 달려 들었지만, 김군은 벌써 피투성이가 되어 넘어져 의식을 잃은 상태였다.
3주간, 병원의 신세를 진 김군은, 가해 학생에게 복수하는 일도 생각했다.
그러나, 뭇매를 있었을 때, 재미있어해 구경해, 멈추려고 하지 않았던 동급생의 얼굴을 머리를 퇴색할 수 있었다.
「탈출자인 자신이 분하다고 생각했더니 아무것도 안 된다」라고 생각해 포기했다.
또, 고생하고 생계를 세우고 있는 모친과 컨디션이 나쁘기 위해(때문에) 북한에 남긴 부친(43), 여동생(15)의 얼굴도 떴다.
이 때부터 김군은 학교와 친구에게의 「미련」을 버렸다.새해가 되어 김군은 3 학년이 되었지만, 클래스메이트와는 교제하지 않았다.
죄인과 같이 한국학생들안색을 살피어, 전전긍긍으로 하는 탈북 주민의 친구에게도 만나고 싶지 않았다.
가끔, 누군가 벼랑걸쳐 와도, 피하도록(듯이) 했다.학교로부터 돌아가도, 인터넷의 게임에만 몰두했다.
작년, 학교장의 추천을 받아 인천이 있는 실업계 고등학교에 입학했지만, 반달에 퇴학계를 냈다.
단어의 의미도 잘 모르고, 학교의 수업에 대해 가는 것이 큰 일이었다.
모친이 추천할 수 있어 들어간 탈북 주민의 대안 학교도 동년 12월에 그만두었다.
그러나, 최근, 김군에게는 자신의 괴로움을 들어 주는 조언자가 생겼다.
탈북 주민의 청소년에 대한 학교 폭력 실태 조사를 시작한 인천 남동 경찰서가, 김군의 사정을 (듣)묻고,
보안과의 최·효그경사(38)를 조언자로 지정했던 것이다.
지난 달, 동경찰서가 관할의 탈북 주민 청소년 32명을 대상으로 앙케이트 조사를 실시한 결과,
9명이 무시나 괴롭혀 욕, 폭력, 금품 공갈등에서 괴로워했다고 대답했다.
보다 큰 문제는, 탈북 주민의 고교생이 정규 교육을 피하고 있다고 하는 것이다.
동경찰서가 관리하는 고교생 29명중 20명이 정규의 학교를 퇴학해, 대안 학교에 다니고 있다.
지난 달 28일, 인터뷰를 위해서 음식점에서 기자와 만난 김군은, 심리적 안정을 되찾고 있는 것 같았다.
특히 장래의 희망에 대한 이야기가 되면 눈을 빛낼 수 있었다.「북한에서 기계 체조를 배웠으므로, 텀블링이나 무술에 자신이 있다」라고 해,
액션 배우가 되는 방법을 기자에게 (들)물었다.
최경사는, 「한국에서 무엇인가를 하려면 , 적어도 고등학교는 졸업해야 한다」라고 설득했다.
차근차근 생각해 김군은 5일부터 최경사와 함께 새로운 대안 학교를 조사하는 것에 기분을 바꾸었다.
【탈북자】사선을 넘어 더듬어 붙은 한국, 맞이한 것은 「멸시」와「괴롭혀」
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【脱北者】死線を超えて辿りついた韓国、迎えたのは「蔑視」と「いじめ」
「死の峠を越え、韓国に来たが、待っていたのは同じクラスの友達の蔑視といじめ、暴力だけでした」
仁川(インチョン)のある賃貸アパートで母親(43)と暮らす脱北住民のキム・ミョンス(仮名・18)君は2日、
新学期が始まっても学校に行っていない。
06年に脱北し、飲食店で働く母親が帰宅するまで、家で1日中インターネットのゲームをするだけだ。
キム君は、昨年の冬休みが始まると、脱北住民の青少年が通う京畿道(キョンギド)の代案学校を辞めた。
08年12月、母親が1000万ウォンを渡して雇用したブローカーとともに北朝鮮軍の厳しい監視を破り、
凍りついた鴨緑江(アプロクカン)を渡って脱北したキム君は、09年8月、仁川のある中学校の2年に入学した。
北朝鮮では中学3年の年齢だったが、学習不足で学年を下げた。
最初の頃はクラスの友達もキム君を普通の転校生として接したが、時間が経つにつれ状況が変わった。
キム君は、友達の自分を見る目が次第に変わっていくのを感じた。
その年の冬休みを控えた12月、とうとう事件が起きた。
同じ学校に通っていた脱北住民の友達3人がキム君に悩みを打ち明け、事件が始まった。
友達は、「不良グループ4人が悪口を言っていじめる。毎日殴られ、服まで取られ、学校生活がつらい」と訴えた。
正義感が強いキム君は、彼らとともに不良グループの4人に会い、「同級生どうし仲良くしよう」と言ったが、
彼らのうち1人が唾を吐いてばかにした。さらに、身長が180センチ以上の生徒が
後からキム君をつかんで身動きができないようにし、他の3人が集団で殴りかかった。
うわさを聞いて体育教師が駆けつけたが、キム君はすでに血だらけになって倒れ、意識を失った状態だった。
3週間、病院の世話になったキム君は、加害生徒に復讐することも考えた。
しかし、袋叩きをあった時、面白がって見物し、止めようとしなかった同級生の顔が頭をかすめた。
「脱出者である自分が悔しいと思ったところで何にもならない」と思ってあきらめた。
また、苦労して生計を立てている母親と体の具合が悪いために北朝鮮に残した父親(43)、妹(15)の顔も浮んだ。
この時からキム君は学校と友達への「未練」を捨てた。年が明けてキム君は3年生になったが、クラスメートとは付き合わなかった。
罪人のように韓国学生たち顔色をうかがい、戦々恐々とする脱北住民の友達にも会いたくなかった。
時々、誰かがけんかをふっかけてきても、避けるようにした。学校から帰っても、インターネットのゲームにだけ没頭した。
昨年、学校長の推薦を受けて仁川のある実業系高校に入学したが、半月で退学届を出した。
単語の意味もよく分からず、学校の授業について行くことが大変だった。
母親に薦められて入った脱北住民の代案学校も同年12月に辞めた。
しかし、最近、キム君には自分の苦しみを聞いてくれるメンターができた。
脱北住民の青少年に対する学校暴力実態調査を始めた仁川南東警察署が、キム君の事情を聞いて、
保安課のチェ・ヒョングォン警士(38)をメンターに指定したのだ。
先月、同警察署が管轄の脱北住民青少年32人を対象にアンケート調査を実施した結果、
9人が無視やいじめ、悪口、暴力、金品恐喝などで苦しんだと答えた。
より大きな問題は、脱北住民の高校生が正規教育を避けているということだ。
同警察署が管理する高校生29人のうち20人が正規の学校を退学し、代案学校に通っている。
先月28日、インタビューのために飲食店で記者と会ったキム君は、心理的安定を取り戻しつつあるようだった。
特に将来の希望についての話になると目を輝かせた。「北朝鮮で器械体操を学んだので、タンブリングや武術に自信がある」と言い、
アクション俳優になる方法を記者に聞いた。
チェ警士は、「韓国で何かをするには、少なくとも高校は卒業しなければならない」と説得した。
よくよく考え、キム君は5日からチェ警士とともに新しい代案学校を調べることに気持ちを切り替えた。
仁川(インチョン)のある賃貸アパートで母親(43)と暮らす脱北住民のキム・ミョンス(仮名・18)君は2日、
新学期が始まっても学校に行っていない。
06年に脱北し、飲食店で働く母親が帰宅するまで、家で1日中インターネットのゲームをするだけだ。
キム君は、昨年の冬休みが始まると、脱北住民の青少年が通う京畿道(キョンギド)の代案学校を辞めた。
08年12月、母親が1000万ウォンを渡して雇用したブローカーとともに北朝鮮軍の厳しい監視を破り、
凍りついた鴨緑江(アプロクカン)を渡って脱北したキム君は、09年8月、仁川のある中学校の2年に入学した。
北朝鮮では中学3年の年齢だったが、学習不足で学年を下げた。
最初の頃はクラスの友達もキム君を普通の転校生として接したが、時間が経つにつれ状況が変わった。
キム君は、友達の自分を見る目が次第に変わっていくのを感じた。
その年の冬休みを控えた12月、とうとう事件が起きた。
同じ学校に通っていた脱北住民の友達3人がキム君に悩みを打ち明け、事件が始まった。
友達は、「不良グループ4人が悪口を言っていじめる。毎日殴られ、服まで取られ、学校生活がつらい」と訴えた。
正義感が強いキム君は、彼らとともに不良グループの4人に会い、「同級生どうし仲良くしよう」と言ったが、
彼らのうち1人が唾を吐いてばかにした。さらに、身長が180センチ以上の生徒が
後からキム君をつかんで身動きができないようにし、他の3人が集団で殴りかかった。
うわさを聞いて体育教師が駆けつけたが、キム君はすでに血だらけになって倒れ、意識を失った状態だった。
3週間、病院の世話になったキム君は、加害生徒に復讐することも考えた。
しかし、袋叩きをあった時、面白がって見物し、止めようとしなかった同級生の顔が頭をかすめた。
「脱出者である自分が悔しいと思ったところで何にもならない」と思ってあきらめた。
また、苦労して生計を立てている母親と体の具合が悪いために北朝鮮に残した父親(43)、妹(15)の顔も浮んだ。
この時からキム君は学校と友達への「未練」を捨てた。年が明けてキム君は3年生になったが、クラスメートとは付き合わなかった。
罪人のように韓国学生たち顔色をうかがい、戦々恐々とする脱北住民の友達にも会いたくなかった。
時々、誰かがけんかをふっかけてきても、避けるようにした。学校から帰っても、インターネットのゲームにだけ没頭した。
昨年、学校長の推薦を受けて仁川のある実業系高校に入学したが、半月で退学届を出した。
単語の意味もよく分からず、学校の授業について行くことが大変だった。
母親に薦められて入った脱北住民の代案学校も同年12月に辞めた。
しかし、最近、キム君には自分の苦しみを聞いてくれるメンターができた。
脱北住民の青少年に対する学校暴力実態調査を始めた仁川南東警察署が、キム君の事情を聞いて、
保安課のチェ・ヒョングォン警士(38)をメンターに指定したのだ。
先月、同警察署が管轄の脱北住民青少年32人を対象にアンケート調査を実施した結果、
9人が無視やいじめ、悪口、暴力、金品恐喝などで苦しんだと答えた。
より大きな問題は、脱北住民の高校生が正規教育を避けているということだ。
同警察署が管理する高校生29人のうち20人が正規の学校を退学し、代案学校に通っている。
先月28日、インタビューのために飲食店で記者と会ったキム君は、心理的安定を取り戻しつつあるようだった。
特に将来の希望についての話になると目を輝かせた。「北朝鮮で器械体操を学んだので、タンブリングや武術に自信がある」と言い、
アクション俳優になる方法を記者に聞いた。
チェ警士は、「韓国で何かをするには、少なくとも高校は卒業しなければならない」と説得した。
よくよく考え、キム君は5日からチェ警士とともに新しい代案学校を調べることに気持ちを切り替えた。
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