風俗画の2人がデートした日はいつ? 月の形から割り出す
2011年07月03日10時28分
[中央日報日本語版]

月の形から朝鮮末期の風俗画の制作年代を特定した。
韓国の天文学者が、朝鮮末期の風俗画家の申潤福(シン・ユンボク、1758~?)の絵に現れた月の形から、この絵の制作年代を割り出した。
忠南(チュンナム)大学天文宇宙科学科兼任教授で天文宇宙企画代表理事のイ・テヒョン氏は1日、「申潤福の『月下情人』が描かれたのは1793年8月21日ごろ」と主張した。「月下情人」は澗松(カンソン)美術館が所蔵している国宝135号の「蕙園伝神帖」に含まれている。ちょうちんを手に夜道を並んで歩いく恋人が登場し、夜空には月が浮かんでいる。
イ代表は絵の中の月の形を科学的に分析して制作年代を追跡した。まず月の形は三日月形だが、弧の部分が上を向いている点に注目した。普段観察される月ではなく、月食、特に月の形が縦になる皆既月食ではなく、横になる部分月食が進行中であることを意味すると分析した。また、季節と関連しては絵に「月沈沈夜三更」との文句が書かれていることから、夜12時ごろの真夜中を描写したものだが、月が軒先に出ていることから夏であることを意味すると説明した。このように判断した根拠は月の高さだ。絵の中で部分月食が進行中の満月の南中高度(最も高くなった時の高さ)は低いがこれは夏を意味するという。季節と部分月食を明らかにしたイ代表はこの情報を根拠に資料を検索し時期を絞り込んでいった。
イ代表は、「申潤福が生まれた18世紀中盤以後の100年間にソウルで観察可能な部分月食を確かめてみた結果、1784年8月30日(正祖9年、申潤福26歳)と1793年8月21日(正祖18年、申潤福35歳)の2回だった。また、『承政院(スンジョンウォン)日記』を見て1784年8月30日前後には3日連続で雨が降り、月食の観察が不可能だったという事実を知った。しかし1793年の記録では『7月15日(陽暦8月21日)午後まで雨が降り、夜2更(午後9時)から4更(午前3時)まで月食があった』という記録があり、最終的にこの日を制作日時と判断した。
http://japanese.joins.com/article/418/141418.html?servcode=700§code=700
さて月食の日の絵とのことだが・・・、もしもその様な特別の日に写生したのであればその旨を記載するのが常であろう。またこの時代の絵は写生より想像上の人物や景色を書くのが普通ではないのだろうか?
絵を真に受けて直ちに時代を割り出す蛮勇は認める。
しかしこの絵に見える月は軒先や山の上にあることから・・・、「月の出」に近い時間であろうかと思われる、逆に「月の入り」とも云えるがそんなに遅くに歩き回る時代でもないだろう。
日本には「上弦の月」「下弦の月」という言葉がある、文字通り月を弓に見立てて弦側がどちらにあるかと言うことだが、月とは「月の出」と「月の入り」では全く逆向きになるのだが、通常は「月の入り」の時の向きを言うようだ。
何が言いたいかだが・・・、これが「月の出」であれば「上弦の月」(月の入りは逆になるから)であり、月食も関係なくこの絵の月は、素人目には全く普通の月ということ、韓国の天文学者はこれを何故、月食と判断したのか判らない。
下図は「上弦の月、下弦の月」より抜粋。
http://hooktail.sub.jp/astronomy/moon/
左側が上弦の月,右側が下弦の月の「月の出」から「月の入り」までを時系列順に並べたものです.あれあれ?月の出の直後は,下弦の月の弦が上を向いていて上弦の月の弦が下を向いてしまっていますね.しかも南中したときには弦は横を向いてしまっていますよ(抜粋)