CATV最大手コムキャストの強硬姿勢も規制強化の一因といわれている
9月21日、米連邦通信委員会(FCC)のジュリアス・ゲナコウスキー委員長が「ネットワーク中立性」の規制強化に向けて口火を切った。場所は政治・政策研究で有名なブルッキングス研究所。同団体が主催するセミナーで基調講演に立ったゲナコウスキー委員長は、既存のガイドラインに2項目を追加することを示唆した。2006年から足かけ4年続いた中立性議論は、いよいよ規制強化へと向かいだした。(在米ITジャーナリスト 小池良次)
FCCはネットワーク中立性に関して、約4年前の05年9月23日付で次のような基本方針を発表¥している。「ブロードバンド整備の促進・公共インターネットのオープンな通信を促進する」ために、4つの原則を示したものだ。
(1)消費者は自らの選択によって合法的なコンテンツにアクセスする権利をもっている
(2)消費者は自らの選択によって法律に反することなくアプリケーションやサービスを利用できる権利を持っている
(3)消費者は自らの選択によって合法的でネットワークに障害を与えない機器(devices)を接続する権利を持っている
(4)消費者はネットワーク事業者、アプリケーション提供者、サービス提供者、コンテンツ提供者における競争環境を享受(参画)する権利を持っている
■中立性ガイドラインに追加される2項目とは
ゲナコウスキー委員長が今回、これに付け加えようとしているのが次の2項目だ。
(1)適正な(reasonable)ネットワーク運用が可能¥な限り、特定のコンテンツやアプリケーションを不当に取り扱ってはならない
(2)インターネット接続事業者は、ネットワーク運用の実態を公にする
さらに、この2項目を追加したガイドラインの適用範囲をインターネットにアクセスするすべてのプラットフォームに広げることも考えている。
ただ、21日の発言はあくまで「FCC委員長の講演談話」であり、まだ決まったわけではない。正式には、今年10月に開催されるFCCの決議を待つことになる。とはいえ、CATV最大手のコムキャストやAT&T、ベライゾン・コミュニケーションズなどの大手インターネット接続事業者(ISP)が規制強化に難色を示す一方、ネット企業やコンテンツプロバイダーは大きなビジネスチャンスとして受け止めるなど、委員長発言の波紋はすでに広がっている。
■FCC対コムキャストの遺恨が背景に
今回の規制強化はそもそも、どのような経緯から出てきたのか。
追加2項目はいずれも、ネットワークの「運用面」の規制を強化しようとしている。その背景には大手ブロードバンド事業者、特にコムキャストとの争いがある。
07年後半、FCCは「コムキャストがP2Pソ¥フトの利用者に対しブロードバンドの利用を制限している」との指摘を受け、同社を調査した。この騒ぎは、ネットの中立性問題に敏感な民主党議員などを巻き込んで大きくなり、米国では広く知れ渡った。
調査に対してコムキャストは「ヘビーユーザーがほかのユーザーに弊害を与えないための処置」と説明した。その一方で、FCCが判断をくだす前にネットワークの運用システムを「P2Pなどアプリケーションの種類をベースに制限するタイプ」から「使用量に応じて制限するタイプ」へと改善している。
しかし、08年8月1日に行われたFCCの決定は、3対2でコムキャストが中立性ガイドラインに抵触したと結論づけ、「差別的ネットワーク管理に関する改善命令(ネット中立性裁定)」を出した。これに対し、コムキャストは「準拠すべき法律や規制がないままにFCCが命令を下し、越権行為を行った」として、09年7月27日にコロンビア地区巡回控訴裁判所に訴えを起こし、現在も法廷で争っている。
オバマ大統領はネットの中立性規制を支持しており、連邦議会のIT関連委員会でも今年に入ってからネット中立性の法制化に関する動きが活発化している。コムキャストの強固な姿勢は、こうした中立性推進派の反感を買ったようだ。今回のゲナコウスキー委員長の動きは、こうした政府および与党民主党の意向を反映している。ネット中立性の法律を待たず、ガイドラインで実質的な規制強化が実施されるともいえる。
■携帯業界へ飛び火したネット中立性
今回の規制強化では、中立性ガイドラインの対象を拡大しようともしている。具体的には、携帯データ通信サービスへの適用拡大が目玉といえるだろう。
前述のとおり、従来のガイドラインはDSLや光ファイバー、CATVなど固定ネットワーク系ブロードバンドが対象だった。実際、06〜07年当時の携帯データ通信はブロードバンドといえるほどの速度がなく、対象外は当然だった。しかし、現在では携帯業界にもネット中立性議論は飛び火している。
たとえば、08年春に実施された700MHz無線免許競売(アナログテレビの跡地オークション)では、グーグルなどネット中立性推進派の意見を考慮して、一部の免許帯(Cブロック)でアプリケーションやデバイスの制限を認めない「ネットワーク・オープン化」が義務づけられた。
また今年春にはアップルの「iPhone」向けにスカイプが発表¥したアプリケーションを巡り、アップルがやり玉に上がった。このアプリは最初の数日間でダウンロード数が100万件を上回るほどの人気となったが、アップルとiPhoneの独占販売権を持つAT&Tは利用をWi-Fi接続だけに限定した。そのため、米国の市民団体が3Gの携帯データ通信網で使えるようにすべきだとFCCに用途開放を求め、大きな注目を集めたのである。
iPhone用アプリでは今年7月にも、グーグルの通話管理ソ¥フト「Google Voice」の公開配布をアップルが拒否しているとの疑惑が持ち上がり、FCCがアップルとAT&Tの調査に入っている。アップルは「拒否」ではなく「検討中」と説明しているが、これはコムキャスト騒動の携帯電話版として、世間の関心を集めている。
これらの背景には、携帯用データ通信を固定ブロードバンド並みに用途開放してほしいという消費者の要望がある。今回の対象拡大には、携帯データ分野におけるこれまでの課題を一気に処理しようという狙いも隠れている。
ただ、携帯データ通信の用途開放は通信事業者側にとっては厳しい注文といえる。たとえば、AT&Tは3Gネットワークの整備が需要に追いつかず、サンフランシスコやニューヨークなどでは「3Gは十¥分なスピードが出ない」と不満が上がっている。実際、筆者もiPhoneをサンフランシスコや近隣地域で利用しているが、混んでいる3G接続よりも2G接続の方がスピードが速いという経験を何度もしている。
◇ ◇ ◇規制強化が実施されるかどうかは、10月にならなければわからない。ただ、現在の整備状況で携帯データ通信網を用途開放すれば、ユーザーの利用環境が悪化する結果になりかねないだろう。もちろん、基地局を増設し、幹線網を拡充すれば、こうしたトラブルは避けられる。しかし、不況で設備投資を切り詰めている米国の大手通信キャリアにとって、こうした追加投資は業績に響く。規制対象の拡大は「なんとか回避したい」というのが本音に違いない。
解決策としては、携帯データ通信もDSLのように速度別に料金を変えるという方法がある。これにより通信料収入が増えれば、ネットワーク増強に資金を回せるようになる。
ただ、サービス別料金体制という考え方は、以前もネット中立性とひとまとめに議論され、大きな批判を集めたことがある。また、優良なネットワークを整備できるのは資金力のある大手に限られ、携帯業界の寡占化が進む可能¥性もある。それらを考えれば、議論は簡単に収束しそうにない。
いずれにせよ、米国のネットワーク中立論が日本に飛び火するのは間違いないだろう。おりしも新政権が誕生し、民主党が公約した日本版FCCの議論も動き出そうとしている。米国の携帯データが用途解放に踏み切れば、日本の携帯電話事業者にも大きな影響を与えることになる。
[2009年9月24日]
http://it.nikkei.co.jp/internet/news/index.aspx?n=MMITbo000024092009