シャノンは48年に書いた論文で、今日の「情報理論」の礎を築いた。彼の理論の神髄は、どのような情報でも「ビット」に換算できるものととらえ、情報からその意味(semantics)を捨象して、構文(syntax)的扱いに徹したことである。これによって、あらゆる情報を「0と1」で表すデジタル処理の道を開き、コンピューターの進化とともに情報の収集・伝達・処理・蓄積の飛躍的な発展をもたらした。今日のインターネットもクラウドも、そしてもちろん情報検索も、この理論の恩恵を受けている。
シャノンの理論を究極まで突き詰めた同社の発想からすれば、「技術的な可能性をトコトン追求し、仮に弊害があればその後で対策を考える」という姿勢になるのは当然ともいえる。グーグルの行動様式は、オプト・アウト(関係者の同意を得ないで処理を行い、異論がある場合には退出のオプションさえ用意しておけば許される)をデフォルト(初期設定)と考えるものである。
このような発想は、昨年話題になった「グーグル・ブックス」への対応であらわになった。現行の著作権制度に従えば、書籍は事前に権利者の許諾を得ないと複製できないこと(すなわちオプト・イン)が常識だが、同社が採った態度は、許諾なしに膨大な複製を行った後で権利者団体と和解するという、世間からみれば破天荒なものであった。しかし、同社の側からすれば「技術的に可能で、著作権者不明の作品などを閲覧可能にするという公益性をも有している作業を、誰かの許諾を得なければ行えない」ことの方が不自然だったと思われる。
問題は、このような相いれない発想をどこで調和させるかである。この点について米国の企業や関係者は、きわめて柔軟に対応している。わが国なら、違法コンテンツが多かったユーチューブを放任する権利者はいないと思われるが、米国では多数の権利者が「商売になるかどうか」しばらく様子を見ていた。ユーチューブを買収したグーグルのほかにも、実は多くの潜在的同調者がいたのである。
ティモシー・ウー米コロンビア大学教授などは、このような行動様式を「トレレイテッドユース(Tolerated Use=許容される使用)」と名づけて、既存の秩序を超える創造性がある場合には、それを生かす手段の一つとして推奨している。仮に違法性があったとしても、真に革新的で利用者のニーズが強いと思われる場合には、権利者が大目に見て、とりあえず権利の行使を差し控えた方が、最終的には社会全体の効用が高まるという考え方である。
約四半世紀前に家庭用VTRの著作権侵害を認めなかった米連邦最高裁の判決(84年)は5対4という僅差(きんさ)であったが、VTRという70年代後半の新技術の市場投入を容認したという点で、歴史的な意義が高く評価されている。グーグルが突きつけている問題はその現代版であり、われわれ自身が創造性と市場秩序のあり方について、あるいは技術と法の関係について均衡点を探す努力を求められているというべきだろう。
” — グーグル・ヤフー提携を考える(下)「技術」と法の調和 問われる 林紘一郎 情報セキュリティ大学院大学学長 :日本経済新聞