10代で蓄音機やダイヤモンドを持っていた慰安婦、文玉珠さん
コロムビアの蓄音機を買って故郷で自慢したとか一軒家を買ったとか
ビルマでダイヤモンドを購入したと証言していたが
慰安婦はとても儲かったのですね。
韓国人は彼女が書いたこの自叙伝を信じますか?
蓄音機は今の価値で40万円ぐらいらしい
彼女の証言の一例
文玉珠 著―ビルマ戦線 楯師団の「慰安婦」だった私 (教科書に書かれなかった戦争) 単行本
「毎月1回休日が有った。休日は街に出て物を沢山買った。バナナ、マンゴー、Peachなど。朝鮮では味わうことが出来ない果物を買って食べた」
週に一度か二度、許可をもらって外出することができた。人力車に乗って買い物に行くのが楽しみだった(106ページ)
ビルマは宝石がたくさん出るところなので、ルビーや翡翠(ひすい)が安かった。(中略)わたしも一つぐらいもっていたほうがいいかと思い、思い切ってダイヤモンドを買った(107ページ)
「私はワニ革のハンドバッグのハイヒールを履いて緑のトレンチコートを着た素敵な衣装でホーチミンの街を闊歩した。おそらく誰が見ても私は慰安婦に見えなかっただろう。今もその日の記憶を思い出すと非常に懐かしく、その時の得意げな顔が蘇る気がする。」
ビルマでチップが貯まったとして、文氏は野戦郵便局に500円を貯金したが、《千円あれば大邱に小さな家が一軒買える。母に少しは楽をさせてあげられる。晴れがましくて、本当にうれしかった。貯金通帳はわたしの宝物となった(76ページ)
「日本兵の中には朝鮮員も居て大邱から来た人も居た。朝鮮員が沢山居る部隊は非常に強いと自尊心が誇らしかった。私達は朝鮮員の兵士と無事に故郷に帰って寝ようと、互いに励まし合った」
同書には、母に小さな家が何軒も買える大金を送金した記述もある。
電報を将校にみせて、「母の葬式に金がいるから、お金を送りたい」というと、許可が出た。貯金からおろして五千円(約1億ウォン)を送金した(137ページ)
「いよいよ帰国する日が近づいて、タイの待合所で贅沢品は全て没収されると米国人ジムから聞いて、持っていたワニ革のハンドバッグやダイヤモンドなど全て売りさばいてお金に変えて酒を沢山飲んだ。仁川港への引き揚げ船に乗ってすぐにそれらの噂が意図的な嘘だと分かった。私は騙されたことが悔しくて地団駄踏んだ。」
慰安婦の郵便貯金4500万円
元慰安婦 文玉珠(ムン・オクジュ、문옥주)または(ムン・オクチュ)が1992年、慰安婦時代の2年半の間に貯めた郵便貯金2万6145円(現在の価値で約4億5千万ウォン)の返還請求訴訟を行ったが日韓請求権並びに経済協力協定で解決済みとされ敗訴した。。
こんなに稼げたのに何が不満なの???