孤立地域に重さ20キロの物資背負う陸自隊員「一日でも早く復興を」 能登半島地震
2024/1/15 18:22山本 玲三宅 陽子
水や燃料などの物資を届けるため、倒木をくぐり抜けて徒歩で孤立地域へ向かう自衛隊員=14日午前、石川県輪島市(桐原正道撮影)
半島地震では寸断された道路の復旧が進まず、雪などにも阻まれて15日で発生から2週間を迎えても、いまだに孤立地域が解消されていない。自衛隊は捜索活動とともに、孤立地域への物資輸送なども行い、被災者ら住民の「命」をつないでいる。
一面を雪に覆われた斜面を、迷彩色の隊列がのぼる。14日午前、陸上自衛隊第10師団第33普通科連隊の隊員らは、数世帯が孤立する石川県輪島市上黒川町を目指していた。電線を引っかけて横倒しになった樹木を、順番にまたいでいく。「ここ足元注意してください」。前を歩く隊員が後ろの隊員に注意を促す。
この日、6人の隊員が運んだのは、燃料を入れた携行缶や水、ガスボンベ、ティッシュペーパーなどだ。被災者らのニーズを聞き取る臨時部隊と連携して選んだ物資を背負う。雨衣や水分、防寒着や着替えなど自らを守る最低限の装備も詰め込んだ背嚢(はいのう)は15~20キロにも達するという。
道なき道は、場所によってはすねの下あたりまで雪が覆い、体力を奪う。道の脇には倒木が折り重なり、倒壊した民家も散見される。それでも隊員らは、しっかりと地面をつかんで進んだ。部隊の藤原伊織3等陸曹(26)は「物資が不足しているという状況もあるので、早く届けたいという思いだ」と語る。
輪島市の中心街を出発して車両と徒歩で約1時間半。6人はようやく孤立集落にたどり着き、待ちわびていた住民に物資を手渡した。吉田不二枝さん(74)は「あまり食欲もないが、カップ麺をいっぱいもらった。本当に助かる」と笑みをこぼした。
集落では電気も復旧しておらず、住民らは懐中電灯の明かりを頼りに不安な夜を過ごしているという。浦野文子さん(91)は「すぐ電池が無くなってしまった」と訴え、その〝要望〟を隊員は電池のサイズとともにメモに書き込んだ。
第33普通科連隊は、三重県津市の久居駐屯地にある部隊で、輪島を中心に活動。物資の輸送のほか、輪島朝市などでの捜索活動や給水、給食、入浴などの支援も行う。藤原3曹は「一日でも早く復興できることを思い、与えられた任務を遂行する」と話した。
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自衛隊7千人を展開
能登半島地震では、現地で約7千人の陸上自衛隊の隊員が活動している。
防衛省によると、1日は最大震度7の地震発生の約30分後、石川県の馳浩知事からの災害派遣要請を受理し、翌2日に統合任務部隊を編成。当初は約千人が投入され、救助活動を展開した。
その後、規模は約7千人まで増強され、土砂やがれきの除去といった道路復旧、給水、避難所における入浴支援など、活動の幅を広げている。
なかでも課題とされる物資輸送は自衛隊の力に頼る側面が大きい。能登半島は海に囲まれ、物資輸送のルートは限定される上に、そのルートも亀裂が入るなど寸断された。自衛隊は金沢港から物資を積んだ輸送艦などを能登半島沖に展開。艦から輸送ヘリやホバークラフト型揚陸艇「LCAC」で物資や重機などを送り込んだ。
防衛省によると、輸送物資(14日現在)は、糧食約64万4千食、飲料水約72万3千本、毛布約1万5千枚、燃料3万7千リットルに上る。担当者は「一人でも多くの命を救うとともに、被災者のニーズを把握しながら寄り添った支援を行っていく」と語った。(山本玲、梶村孝徳、三宅陽子)
https://www.sankei.com/article/20240115-GMVKX4WQHJKLRJOCYMCYDSIVWQ/

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∠(´・д・) 素晴らしいです。