以下、基本的に、前に行った投稿から抜粋して来た物で、2018年の11月の下旬に、彼女と、鎌倉(kamakura)に、遊びに行って来た時(以下、この日と書きます)の物です。
この日は、(前日に、我が家に泊まった彼女と)、朝寝坊をし、遅い朝食兼昼食を食べた後、のんびりと我が家を出て、彼女と鎌倉(kamakura)を散歩しました。
東京の南部近郊にある、鎌倉(kamakura)は、中世(1185年から1333年まで)に、日本の政治の中心地であった中都市(中規模程度の人口を有する都市)であり、中世以来の歴史を有する、寺や神社(shrine)が、数多くあります(ただし、鎌倉(kamakura)の寺や神社(shrine)の、現在の建物については、(極一部の例外を除き)中世よりも後の時代に、火事等の焼失により、再建された物であったり、時代に合わせて、建て替えられている物です)。その為、鎌倉(kamakura)は、東京近郊の主要な観光地の一つとなっています。私は、通常、鎌倉(kamakura)散歩が主目的の場合、(鎌倉(kamakura)は、道が狭くて、自動車を運転するのが疲れる等の理由により)、自動車ではなく、電車を使って行きます。この日も、我が家(東京都心部の西部の静かで落ち着いた住宅地に位置します)から電車を使って行きました。
写真以下27枚。この日、鎌倉(kamakura)で、訪れた寺です。鎌倉(kamakura)は、紅葉は、全般的に、まだでした。また、今年は、鎌倉(kamakura)は、台風 (typhoon)の風による、塩害(海からの風の塩による被害。鎌倉(kamakura)は海沿いにある都市です)で、木々の葉が、だいぶ、紅葉になる前に、落ちてしまったそうです。
写真以下4枚。寿福(jyufuku)寺。源 頼朝(minamotono yoritomo)(下の補足説明参照)の父である、源 義朝(minamotono yoshitomo)の邸宅の敷地の跡に、1200年に創建された仏教の寺です。時代と共に、衰退し、現在は、比較的、小規模な寺となっていて、鎌倉(kamakura)の、主要な観光場所とはなっていない寺ですが、13世紀初めの創建当時は、20以上の建物を有する、規模の大きな寺で、強い力を有する(格が高い)寺でした。
源 頼朝(minamotono yoritomo):中世の日本の、非常に有力な侍(samurai)。1147年生まれ。1185年頃から1199年に亡くなる近くまで、鎌倉(kamakura)を拠点に、日本全国の、侍(samurai)達の、長(leader)として、日本を実質的に統治した。
写真以下23枚。海蔵(kaizou)寺。1253年に創建された仏教の寺です(寺の建物は、時代に合せて、建替えられています)。規模は、小さな寺で、鎌倉(kamakura)の寺の中で、高い人気の観光地となっている寺ではありませんが(鎌倉(kamakura)の、主要な観光地となっている寺ではありませんが)、鎌倉(kamakura)で、個人的に、お気に入りの寺の一つとなっている寺です。