小杉 太一郎(kosugi taichiro)(1927年生まれ。1976年に亡くなる)は、1950年代中期から、1976年に、病気(癌)により、49歳の若さで、亡くなる近くまで活躍していた、日本の作曲家です。小杉 太一郎(kosugi taichiro)は、後述する、「青空娘」(1957年の、日本の映画)の音楽を手掛けています。
若尾 文子(wakao
ayako)(1933年生まれ)は、1950年代初めから2010年代前半頃にかけて(特に、1950年代初めから1980年代頃にかけて)、活躍していた、日本の女優です。若尾
文子(wakao
ayako)は、1950年代初めから1960年代までは、映画女優として活躍、1970年代初め以降は(TVドラマの女優としては、1960年代後期頃から活躍し始めた)、主に、TVドラマの女優として活躍しました。若尾
文子(wakao
ayako)(1933年生まれ)は、安定感のある演技と共に、着物(日本の伝統衣装)が似合う、クセの少ない(個性の少ない)、さっぱりとした、日本美人(日本的な美人)である事から、映画の役として、扱い易く?、日本の、各、映画監督達に人気が高かったと共に、日本の、巨匠の、映画監督達に気に入られ、1950年代から1960年代にかけて、日本を代表する映画女優(日本の映画を代表する女優)の一人として活躍しました。
源氏
鶏太(genji
keita)(1912年生まれ。1985年に亡くなる)は、1930年代から1980年代初め頃まで活躍していた、日本の小説家で、1930年代から1956年までは、日本の大規模会社の経理部門の会社員をしながら小説家として活躍していました。
「青空娘」(1957年の、日本の映画)は、源氏
鶏太(genji keita)の同名の小説を原作とした映画で、若尾 文子(wakao
ayako)主演の、人間ドラマ映画(人間関係を描いた映画)・家族ドラマ映画(家族関係を描いた映画)、青春映画(若者の成長や恋愛等を描いた映画)です。
ちなみに、源氏
鶏太(genji
keita)の小説、「青空娘」は、1957年に、ラジオの、ドラマ化もされています。ちなみに、日本では、本格的な、テレビ放送は、1953年に始まり、当初は、テレビは、庶民にとっては、中々手が届かない贅沢品でしたが、1950年代末には、テレビが、庶民の家庭にも普及する様になりました。
静岡(shizuoka)県(日本の中部地方に位置する県の一つ)の東端部(東京圏の南部を占める県である、神奈川(kanagawa)県の南西部に隣接している)に位置する半島、伊豆(izu)半島は、東京に近い、温暖で、風光明媚な(景色の美しい)リゾート(resort)地です。伊豆(izu)半島には、温泉地が、たくさんあります。伊豆(izu)半島の海沿いは、大きく、東伊豆(東izu)(東海岸)と西伊豆(西izu)(西海岸)に分かれます。東伊豆(東izu)(伊豆(izu)半島の東海岸)は、古くから東京area(東京圏)に暮らす人々の保養地として開発されて来たのに対し、西伊豆(西izu)(伊豆(izu)半島の西海岸)は、のどかな雰囲気を残しています。
「青空娘」(1957年の、日本の映画)は、伊豆(izu)半島の田舎(若尾 文子(wakao ayako)が演じる、主人公の、有子(yuuko)が育ち、高校まで過ごした)と東京を舞台(舞台設定)とした映画です(主には、東京を舞台(舞台設定)とした映画です)。
動画は、借り物。「青空娘」(1957年の、日本の映画)の予告編。動画の、サムネイル画像は、若尾 文子(wakao ayako)が演じる、主人公の、有子(yuuko)ではなく、藤田 佳子(fujita keiko)(下の補足説明を参照)が演じる、有子(yuuko)の高校時代の友人の一人です(主要な登場人物ではありません)。
藤田 佳子(fujita keiko):1935年生まれ。比較的最近(今年の3月3日)に、誤嚥性肺炎の為、90歳で亡くなる。日本の、女優・作詞家。1950年代中期から1970年代初め頃まで女優として活躍、1960年代後期からは作詞家として活躍(女優は、1970年代初めに引退)。女優としてよりも、作詞家としての方が活躍し、女優としての活躍よりも、作詞家としての活躍の方が有名。作詞家としての、ペンネーム(pen name)は、悠木 圭子(yuuki keiko)。
現在、「青空娘」(1957年の、日本の映画)が、you tubeで、期間限定で(6月12日の20時から6月26日の19時59分まで)、公式で、公開されています。

写真は、借り物。現在、you tubeで、期間限定で、公式で公開中の、「青空娘」(1957年の、日本の映画)のサムネイル画像。写真は、若尾 文子(wakao ayako)が演じる、主人公の、有子(yuuko)。
現在、you tubeで、期間限定で(6月12日の20時から6月26日の19時59分まで)、公式で公開中の、「青空娘」(1957年の、日本の映画)(フル映画)→
https://youtu.be/KPyh6w0ppAE?si=WHYjr0gmMrNS2y8c
「青空娘」(1957年の、日本の映画)、先週の日曜日の夜に、彼女と我が家のテレビで見てみましたが、中々、良かったです。個人的に、良作に近い、良作と普通の間と言った感じの映画でした。複雑な家族関係を絡めた、(当時における)現代版シンデレラストーリー(シンデレラ(Cinderella)的な話の映画)として、中々、良く出来ていると思いました。
以下、「青空娘」(1957年の、日本の映画)の、主要な登場人物の説明と、あらすじです。ネタバレを含みます。記憶頼りなので、細かい部分で間違っている点があったら申し訳ありません。
以下、「青空娘」(1957年の、日本の映画)の、主要な登場人物の説明です。
有子(yuuko):主人公。若尾
文子(wakao
ayako)が演じる。幼い頃、伊豆(izu)半島の田舎の父方の祖母(以下、祖母と書きます)に預けられて、伊豆(izu)半島の田舎で、祖母に育てられて育つ。4人兄弟姉妹で、自分だけ、祖母に預けられて育てられた理由に関して、体が弱かったから(病弱だったから)と、祖母に、言い聞かされて来たが、有子(yuuko)は、記憶に残る限り、自分は、いつでも丈夫で健康だったので、不思議に思っている。
二見(futami):有子(yuuko)が通っていた、伊豆(izu)半島の田舎の高校(女子高校(生徒が女性だけの高校))の、美術の教師。有子(yuuko)の通う高校の生徒達に人気があり、有子(yuuko)の通う高校の、有子(yuuko)の高校時代の友人達は、全員、高校生の頃から、二見(futami)の事が、(異性として)好きである。有子(yuuko)も、高校生の頃から、二見(futami)の事が、(異性として)好きだったが、後に、二見(futami)に対する恋心(二見(futami)に対する恋愛感情)は冷め、広岡(hirooka)(後述します)の事が好きになる。二見(futami)も、有子(yuuko)が高校生の頃から、有子(yuuko)の事が好きだったが、教師と生徒と言う立場から、有子(yuuko)に対する、自分の恋心(恋愛感情)は抑え(有子(yuuko)の事を異性として好きだと言う心は抑え)、有子(yuuko)に対して、(異性として)好きと言う素振りは、ずっと見せないで来た。
栄一(eiichi):有子(yuuko)の父。中小企業(中小の、商事会社(商品・製品等の取引を扱う会社))の社長。元々、現在、自分が社長を務めている会社(以下、会社と書きます)の会社員であったが、会社の重役(executive)に、仕事の能力等が認められ、会社の重役(executive)の、強力な勧めにより、重役(executive)の娘(達子(tatsuko))と、見合いにより、愛のない結婚をした。後に、(会社で事務員として働いていた)町子(machiko)と、お互いに恋愛関係となり、町子(machiko)と、不倫(furin)(結婚しているのに妻以外の女性と交際する事)し、町子(machiko)との間に、有子(yuuko)が生まれたが、不倫(furin)(結婚しているのに妻以外の女性と交際する事)が、達子(tatsuko)(妻)にバレて、達子(tatsuko)(妻)は激怒し、町子(machiko)と別れた。栄一(eiichi)は、それ以来、達子(tatsuko)(妻)に、優しい言葉を一つも言わなくなり、(達子(tatsuko)(妻)に)、笑顔も、全く見せなくなった。
達子(tatsuko):栄一(eiichi)の妻。主婦。会社の、元(かつての)重役(executive)の娘。栄一(eiichi)が、町子(machiko)と不倫(furin)(結婚しているのに妻以外の女性と交際する事)をしていた事によって、栄一(eiichi)(及び、町子(machiko))の事を憎んでおり、栄一(yuuko)との夫婦仲は、完全に冷めている。
照子(teruko):栄一(eiichi)と、達子(tatsuko)の間の娘。有子(yuuko)とは、母親が違う姉と言う関係。無職。男が好きで、多くの男性と交際して来た。町子(machiko)と、有子(yuuko)(町子(machiko)と父(栄一(eiichi))との間の娘)の存在は知っていた。
正治(shoji):栄一(eiichi)と、達子(tatsuko)の間の息子。有子(yuuko)とは、母親が違う兄と言う関係。大学生。ジャズ(jazz)のバンド(band)を結成している。不良大学生(不良の大学生)で、大学に行かずに、遊んでばかりいる(音楽と麻雀(mahjong)ばかりしている)。大学を留年して、現在、大学6年生。町子(machiko)と、有子(yuuko)(町子(machiko)と父(栄一(eiichi))との間の娘)の存在は知っていた。
弘志(hiroshi):中学生(中学1年生位)。栄一(eiichi)と、達子(tatsuko)の間の息子(照子(teruko)と、正治(shoji)の弟)。有子(yuuko)とは、母親が違う弟と言う関係。
八重(yae):栄一(eiichi)・達子(tatsuko)夫婦の家の、住み込みの、中高年(中年と高齢者の間の年齢)の、女中(maid)。最初から、有子(yuuko)の味方。
哲五郎(tetsugoro):栄一(eiichi)・達子(tatsuko)夫婦の家に、魚を届ける、魚店の従業員。哲学が好き。
町子(machiko):有子(yuuko)の母で、栄一(eiichi)との間に、有子(yuuko)を産む。栄一(eiichi)が社長を務める会社で事務員として働いていたが、栄一(eiichi)と交際した事により、(おそらく、達子(tatsuko)により)、会社を辞めさせられた(会社を追放された)。その後、満洲国(Manchukuo)(中国東北部地域。日本の、傀儡国家(操り人形国家・実質的には、日本の植民地国家)(1932年から日本の敗戦により第二次世界大戦が終結する1945年まで存在)に渡り、日本人の男性と結婚したが、夫と死に別れ(夫が亡くなり)、東京に戻って来た。有子(yuuko)を預かって、有子(yuuko)を育てた、有子(yuuko)の父方の祖母(栄一(eiichi)の母)とは、有子(yuuko)の幸せの為、有子(yuuko)とは、会わないと約束していた。
広岡(hirooka):中小企業(栄一(eiichi)が社長を務める会社よりも、規模の大きな会社)の経営者の息子。父親の経営する会社で会社員として働いている。(広岡(hirooka)が勤務する)広岡(hirooka)の父親の経営する会社と、栄一(eiichi)が社長を務める会社は、同じ、オフィス(office)用のビルに入居している(栄一(eiichi)が社長を務める会社は、ビルの5階の一部に入居、広岡(hirooka)の父親の経営する会社は、ビルの3階全部に入居)。
以下、「青空娘」(1957年の、日本の映画)の、あらすじに関しては、基本的に、このsiteから借りて来た物です→
https://eiga.com/movie/34399/
以下、「青空娘」(1957年の、日本の映画)の、あらすじです。
伊豆(izu)半島の田舎の高校を卒業した、有子(yuuko)(若尾
文子(wakao
ayako)が演じる)は、東京の父母の家(栄一(eiichi)・達子(tatsuko)夫婦の家)に帰ることになっていた。だが、有子(yuuko)の父方の祖母(以下、祖母と書きます。有子(yuuko)が小さい頃から、有子(yuuko)を育てた)が亡くなる際(祖母は、突然、心筋梗塞で倒れて、亡くなった)、有子(yuuko)は、祖母から、本当の母は他にいることを聞かされて驚いた。
東京の、静かで落ち着いた高級住宅地にある、栄一(eiichi)・達子(tatsuko)夫婦の家には、栄一(eiichi)、達子(tatsuko)、照子(teruko)、正治(shoji)、弘志(hiroshi)、八重(yae)の5人が暮らしていた。有子(yuuko)は、訪れた、栄一(eiichi)・達子(tatsuko)夫婦の家(以下、家と書きます)では、女中(maid)扱いされ(栄一(eiichi)は、九州(kyusyu)(日本の南部)に出張中であった)、味方は、(家の、住み込みの女中(maid)の)八重(yae)と、哲五郎(tetsugoro)(家に魚を届ける、魚店の従業員)だけであった(有子(yuuko)は、達子(tatsuko)に、家の階段の下の、物置(倉庫)として使われている場所に寝かされた)。しかし、腕白な(活発な)中学生(中学1年生位)の、弘志(hiroshi)と、ある時、大喧嘩をしてから、急に、仲良くなった。
そんな頃、家では、照子(teruko)主催の、照子(teruko)の友人達を招いた、卓球大会(卓球競技会)が開催され、そこで、有子(yuuko)は、卓球で、照子(teruko)の交際相手の男性の、広岡(hirooka)(照子(teruko)が、13人目に交際した男性)に勝ち、広岡(hirooka)から好意を持たれたので、照子(teruko)の怒りを買った。だが、有子(yuuko)は、「いつも青空のように明るく」生きる事を教えてくれた、有子(yuuko)が通っていた、伊豆(izu)半島の田舎の高校の美術の教師、二見(futami)が、東京に出て来ると言うので、大いに、力づけられた(二見(futami)は、前から、(小規模な、広告美術の会社を経営している)東京の友人から、自分の会社で働いてみないかと誘われており、その友人が経営する、東京の、小規模な、広告美術の会社で働く事にした)。また、有子(yuuko)は、出張から帰って来た、父親(栄一(eiichi))から、母(町子(machiko))の話を聞き、行方不明の母を探そうと決心した。
一方、広岡(hirooka)が、有子(yuuko)に求婚したこと(結婚を申し込んだ事)を聞いた、照子(teruko)は、有子(yuuko)を泥棒よばわりし、有子(yuuko)は、堪えかねて、家を出て、二見(futami)の暮らすアパートを訪ねた。そこで、二見(futami)の優しさに触れたものの、アパートの隣の部屋の住人で、二見(futami)の事を、一方的に好きであり、二見(futami)の恋人(二見(futami)と交際している)と自称する女性(売れない(ほとんど仕事がない)、三流の、ファッション(fashion)モデル(model)をしている女性)が現れて追いたてられてしまった(有子(yuuko)は、高校生の頃から、二見(futami)の事が好きであったが、その、二見(futami)と交際していると自称している女性を、本当に、二見(futami)と交際している女性と勘違いした事により、二見(futami)に対する恋心(二見(futami)に対する恋愛感情)は、だいぶ、冷めてしまった)。
有子(yuuko)は、広岡(hirooka)から、金を借りて、伊豆(izu)半島の田舎に帰ったが、有子(yuuko)の実の母(町子(machiko))が訪れて来たことを知り残念がるが、母が生きていたことが分り喜ぶのだった(町子(machiko)は、元々、有子(yuuko)の幸せの為に、有子(yuuko)の祖母と、有子(yuuko)と会わないと約束していたが、どうしても、有子(yuuko)の事が心配で、有子(yuuko)の様子を見に来てしまったが、有子(yuuko)は、父親の家(栄一(eiichi)・達子(tatsuko)夫婦の家)に行き、そこで幸せに暮らしていると言う話を聞き、安心して、もう、2度と、有子(yuuko)とは会おうとしないと決心した)。
伊豆(izu)半島の田舎では、二見(futami)を囲んで、高校の同窓会が開かれた。有子(yuuko)は、(同じ高校に通っていた)高校時代からの友人の、信子(nobuko)から、東京で、キャバレー(cabaret)のマネージャー(manager)をしている、信子(nobuko)の叔母を紹介され、有子(yuuko)は、再び、東京に出て(東京に戻り)、その、信子(nobuko)の叔母が、マネージャー(manager)をしている、キャバレー(cabaret)で、住み込みの(キャバレー(cabaret)の2階に住まわせて貰い)、雑用係として働く事になった。その、キャバレー(cabaret)には、偶々、正治(shoji)のジャズ(jazz)のバンド(band)が演奏で出入りをしており、正治(shoji)から話を聞いた、弘志(hiroshi)が、有子(yuuko)に、父(栄一(eiichi))が、有子(yuuko)の事があまりに心配である事とストレスにより病気で倒れて家で寝込んでいる事を知らせに来た。
町子(machiko)は、偶々、二見(futami)の働く、小規模な広告美術の会社が入居する、小規模なビルで、住み込みで、管理人・掃除等の雑用係として働いていたが、二見(futami)に、有子(yuuko)の母親である事を知られた事から、逃げるように、仕事を辞め、別の場所で、とても貧しく暮らしていたが、広岡(hirooka)や、二見(futami)の協力で、有子(yuuko)は、母親(町子(machiko))に再会する事が出来た。
弘志(hiroshi)と、八重(yae)は、栄一(eiichi)が、何度も、有子(yuuko)の名前を呼んでいるので、家に、来て欲しいと、有子(yuuko)を呼びに来たので、有子(yuuko)は、家(栄一(eiichi)・達子(tatsuko)夫婦の家)に行く事にした。そこで、有子(yuuko)は、父(栄一(eiichi))に、さよならを言いに来たと言った。有子(yuuko)は、父(栄一(eiichi))に、「栄一(eiichi)自身の不幸と、栄一(eiichi)の周辺の人々(達子(tatsuko)、町子(machiko)、(有子(yuuko)を含む)栄一(eiichi)の子供達)の不幸は、全て、栄一(eiichi)が原因であり、全て、栄一(eiichi)に責任がある。栄一(eiichi)が、誰も、本気で愛して来なかった事が原因だ。町子(machiko)(有子(yuuko)の母)を本気で愛していたならば、何故、町子(machiko)(有子(yuuko)の母)と別れた?
そして、達子(tatsuko)(栄一(eiichi)の妻)と別れられないのならば、何故、達子(tatsuko)(栄一(eiichi)の妻)を、本気で愛さないのか?」と言った内容の事を言った。栄一(eiichi)は、自分が、本当に悪かったと謝罪した。さらに、有子(yuuko)は、父(栄一(eiichi))に、「(栄一(eiichi)に対する)自分の願いは、達子(tatsuko)(栄一(eiichi)の妻)の事を、本気で愛して欲しい。それだけだ。それと、もう、町子(machiko)(有子(yuuko)の母)を愛しては駄目だ。町子(machiko)(有子(yuuko)の母)は、私(有子(yuuko))一人の物。これからは、私(有子(yuuko))は、町子(machiko)(有子(yuuko)の母)と2人で、仲良く暮らして行きます」と言った内容の事を言い、家を出た。有子(yuuko)の言葉に、照子(teruko)と、正治(shoji)は、今までの人生で、本気になった事がなかった事を反省し、栄一(eiichi)は、改めて、達子(tatsuko)に謝罪した。有子(yuuko)の言葉と、栄一(eiichi)の謝罪により、栄一(eiichi)と、達子(tatsuko)は、和解した。
有子(yuuko)は、広岡(hirooka)の事が、好きになっており、(前から、有子(yuuko)の事が好きであり、有子(yuuko)に結婚を申し込んでいた)広岡(hirooka)と、結婚を前提に交際する事にした。二見(futami)は、有子(yuuko)の事が好きな、自分の気持ちを抑え(有子(yuuko)に対する恋愛感情を抑え)、有子(yuuko)の幸せを思い、安心して、有子(yuuko)と、広岡(hirooka)を祝福した。