猛虎行 (陸機 作)
渇不飲盗泉水 熱不息悪木陰
悪木豈無枝 志士多苦心
渇不飲盗泉水 (かっすれども とうせんの みずを のまず)
熱不息悪木陰 (ねっすれども あくぼくの かげに いこわず)
悪木豈無枝 (あくぼく あに えだ なからんや)
志士多苦心 (しし くしん おおし)
(注) 全二十行の句であり、前から四行を抽出したもの
中国晋の陸機の楽府「猛虎行」の一詩です。「渇しても盗泉の水は飲まず」という言葉は、今でも良く使われており、元は「淮南子(えなんし)」などの書物に出ています。
この意味するところは、「渇いても、『盗泉』などという名がついた泉の水は、口にせず、いくら暑くても、『悪木』という名ついた木の陰では休んではならない。『悪木』にも、枝が茂らないわけではないのだ。志ある者、あれこれ心を悩ますものだ」というのです。
確かに人生永く生きていると、いろんなところで、悪(罪)からの甘言や誘惑に、心が揺れることもあるもので、志ある者、社会的に重要な立場にある者ほど、その機会は多いのではないでしょうか。
従って、志ある者は、何が「盗泉」か、「悪木」かを、きちっと見極め、甘言や誘惑には決して乗らない。また、悪(罪)の気配がするものには決して近づかない。そして、悪(罪)対しては、毅然たる態度をとることが肝要だといっているのです。
それとも一部の中国人だけだったのか?
いずれにせよ、朝鮮人とは無関係