朝鮮が清国の隷属国だった事が認められない朝鮮人の為に
大日本帝国と大清帝国の日清戦争講和条約から抜粋して見ました。
通常、講和条約の第1条と言うのは戦闘目的や開戦に至った相手国への要求など重要な内容が記されます。
それを踏まえて、読んでみましょう。
下関条約 第一条
清国は、朝鮮国が完全無欠なる独立自主の国であることを確認し、独立自主を損害するような朝鮮国から清国に対する貢・献上・典礼等は永遠に廃止する。
簡単に書けば、
朝鮮王国が独立国である事を認めろ!
朝鮮王国を属国のように扱う内政干渉もやめろ!
という内容が日本側からの要求として清国との講和条約の第一条に堂々と書かれているのです。
そして、不思議な事にですが、その直後に朝鮮王国は「大韓帝国」と名を改め、
朝鮮国王は皇帝となったのでした。
ちなみに下の写真はソウルにある独立門ですが、
韓国人はこの門が日本からの独立を祝ってつくられた勘違いしています。
1897年に完成したこの門がどうして日本から独立を祝う事になるのでしょう?
1897年と言えば大韓帝国が成立した年です。

独立門の前にある二つの柱は何だと思いますか?

迎恩門
朝鮮国が清国と戦いに負けたにもかかわらず、清国皇帝の慈悲により許された恩を忘れず、清国の使者を土下座して迎え額を打ち付ける為の門です
独立門の前にある二本の柱は迎恩門の柱なんですよ。
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