昭和20年8月15日以降の
朝鮮半島の動き
昭和20年8月15日
朝鮮総督府は直ちに半島を朝鮮民族の自治に委ねた
朝鮮総督府の遠藤柳作・政務総監は朝鮮語新聞「中央日報」社長・呂運享と会い、一切の統治機構を韓国人の自治組織に引き渡すことを申し出た。
呂運享は、その日の夕方、自らを委員長とする「朝鮮建国準備委員会」を組織して、総督府から治安維持の権限を引き取り、放送局や新聞社などの言論機関を引き継いだ。
建物という建物には、民族の旗「太極旗」が翻った。
流石日本人。
朝鮮に敗戦の影響が無い様、
空かさず行動に出ていたんだね。

8月16日
連合軍は総督府に機密命令を発した
「日本は、暫く朝鮮半島を統治しろ。
最終的には、統治機構をそのまま連合軍に引き渡せ。」
連合軍はあくまでも
「朝鮮は日本の一部」として扱った、と(笑

8月18日
総督府はやむなく行政権を取り戻した
太極旗が下ろされ、ふたたび日章旗が掲げられた。
朝鮮側は激怒したが、なすすべはなかった。
呂運享は半島土に「朝鮮建国準備委員会」の支部を作らせ、漢城に1千名余りの代議員を集めて、「朝鮮人民共和国」の樹立を宣言したが、米ソ両国はこれを無視した。
まあ、文句言う先は連合軍だよな。
日本に言われても困る。

9月8日
米軍上陸
米軍が仁川に上陸すると、「朝鮮人民共和国」の代表が迎えたが、まったく相手にされなかった。
500人ほどの朝鮮人が太極旗を掲げ、花束をもって米軍に近寄ろうとしたら、
米軍が発砲し、多数の重軽傷者が出る有様だった。
まあ、こんなものだろうな。
当時の連中だし。

9月9日
休戦協定締結
アメリカ側
沖縄第24軍団ホッジ中将
第57機動部隊司令長官キンケード大将、
日本側
朝鮮総督・阿部信行大将
朝鮮軍管区司令官・上月良夫中将
朝鮮側はまったく蚊帳の外に置かれていた。
最初から最後まで、
朝鮮半島は日本の一部扱いだったようだな。

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