<償還能力に対する不安感が拡散しながら普段 90% 以上だった短期外債の 満期 更新
割合(Roll Over Rate)が 60% 以下に落ち始めた. 外為保有高が急激に減少すること
始めたしこれ以上たまらなかった. オムナックヨング次官補が 外国為替市場動向が普通ではないと
しながら緊急資金支援要請のために日本に行って来ると言った.
日本に資金支援を要請することと関して予想される問題を申し立てた.
まずアメリカと IMFが, 日本と直接解決する双方方式をあまり歓迎するようではないという
の(AMF 構想の挫折が浮び上がったからだ), また 成事になる可能性も疑問視されるというの
(11月初の外信にクリントン大統領がHashimotoRyutaに日本総理にこれから金融危機で
困難を経験する国が生じても両国の間解決方式を取らなくくれと言う公式書簡を送ったという
報道があった) などの憂慮を言った. また私たち国民が日本の助けを借りる
場合自尊心損傷もあり得た. こんなに見る時日本政府にサポート要請を
するよりはむしろ IMFにサポート要請をすることが 正道という私の考えを言った.
したがって日本へ行く場合政府 対 政府の支援ではない, 日本金融機関たちが 満期 延長などに
特別思いやりをしてくれるように ‘行政指導’を頼む方で交渉するように指示した. 満期延長だけ
順調に成り立てば大きい難しさがないだろう思ったし, また非公式的影響力行事は
8月末ミスツカ大蔵大臣が 訪韓した時の例を見ても喜んで協調してくれるので
思ったからだ.
厳次官補は 1997年 11月10日 訪日真書 Mr. Yenで広く知られた日本大蔵省
坂Kibaだと次官補に会った後 11日帰国した. 訪日 成果は何もなかった.
両国の間協力ははじめから期待しなかった事だったが日銀が韓国銀行に対する
SWAP(注: 通話スワップ)など支援は可能ではないか, して協力可能性を打診したが
それも同じくだめだと言ったという報告だった. すなわち資金難解消のための支援は
IMFを通じてするようにもうアメリカと日本が合議したから何もできない
立場(入場)だと言った. 日本政府が日本市銀に対して満期延長影響力を行使する
などの協助要請に対しては, 当時日本の経済事情が貧しいだけなく日本検察が
金融機関と大蔵省の癒着関係を捜査の中なので大蔵省の 位相が弱化されたはずで
実現しにくいという返事だったと言った. しかしたとえ当時日本政府が出て
満期延長協助を要請しても日本金融業界はあまり期待することができない事情に
あった. 1997年 11月には日本も金融危機に追われておびただしいはしかを病んでいた
だからだ. 日本の銀行が BIS 基準を合わせるために無慈悲な資金回収に出たし
その結果幾多の日本の中小企業たちが黒字倒産に追われていた.
韓国に対する気配りする余裕がなかった. ただ日本は外為事情が
良かったから金融危機が我が国のような外為危機で発展するの
なかっただけだ.>
キム・ヨンサム大統領は日本のボルザングモリを直しておくと言い放った人だ.
キム・ヨンサム政府はしかし外為危機にあってその日本に支援を頼む
境遇になった.
韓日 関係が好き, 韓美 関係が円満だったら日本とアメリカは数百億ドルの
支払い保証で韓国が IMFに行かないように助けたはずだ. 当時キム・ヨンサム政府は
日本のみならずアメリカのクリントン行政府とも仲が良くなかった.
失人心 状態だった.
外交の最大の間違いは孤立なのに, キム・ヨンサム政府は同盟国の間で
孤立したのだ.