「朝鮮 人が爆弾テロ・放火・日本人さつ害などで軍隊にころされた」
早稲田大学の歴史研究者、関東大震災の加害者調書を公開
民団新聞(2013/3/20)
関東大震災時の朝鮮 人に対する虐さつ経過を加害者から直接聞き取った調書の存在がこのほど、明るみとなった。
発見した早稲田大学文学学術院の藤野裕子助教によれば、歴史研究者がこのような裁判記録を明らかにしたのは初めてではないかという。
藤野助教は「軍隊がデマを流したことを裏付ける決定的な証拠」と話している。
タイトルは「伊藤金次郎外九名さつ人事件」。
1923年10月7日から28日までの警察聴取書、検事聴取書、予審調書、遺体検案書、巡査報告書などからなり、全部で370枚。
資料調査にあたっていた藤野助教が08年、東京弁護士会・第二東京弁護士会合同図書館で偶然見つけた。
これらは加害者の弁護人が同図書館に寄贈したもの。
調書を読んだ藤野助教はあまりの凄惨さに正気でいられず、何回も席を立ったほどだったという。
コピーは許されず、タイプライターを持ち込んで2カ月がかりで写し取った。現在はマイクロフイルムにして早稲田大学で公開している。
舞台は東京府南葛飾郡南綾瀬村字柳原(現在の東京都足立区柳原)。
1923年9月3日、自警団を構成していた伊藤金次郎らが同胞労働者9人が居住する4軒長屋の1軒を取り囲み、7人をさつ害。
虐さつしたことで新たな恐怖にかられ、翌4日朝にもかろうじて茄子畑に逃げ延びていた1人を「し」に追いやったというもの。
遺体検案書によれば、被害者はいずれも24~26歳の男子。犠牲者2人については名前も明らかとなっている。
直接のきっかけは軍によるものであり、その虐さつが軍の流したデマに信憑性を与えたのは確かなようだ。伊藤金次郎は第1回予審調書で次のように述べている。
「朝鮮 人が爆弾を投げたり、綿に油をつけたものを家へ投げ込んで火災を起こしたり、
日本人をころしたり悪いことばっかりするので、四ツ木方面でだいぶ軍隊のためにころされたというような話を兵隊から聞いた」
同じく、四ツ木の土手で朝鮮 人の犠牲者多数を目撃した田口精造は、付近に綿や石油の入った瓶が転がっているのを見て朝鮮 人による放火を事実と信じ、
「このようにころされているのなら自分もやっつけてみたいというような気を起こした」と検事の取り調べに答えている。
軍隊の行為が民間に伝播し、虐さつの連鎖を招いたのだ。
法務省によれば刑事確定訴訟記録法による保管年限は、
「処刑又は無期の懲役若しくは禁固に処する確定裁判の裁判書」であっても保管期間は100年。
「有期の懲役又は禁固に処する確定裁判の裁判書」に至っては50年でしかない。誰に見せるのかは法務大臣の裁量とされている。
それだけに、弁護士会の合同図書館が保管していた今回の裁判記録は貴重なものといえよう。 
(2013.3.20 民団新聞)
http://www.mindan.org/shinbun/news_bk_view.php?page=2&subpage=4766&corner=2(元記事削除済)
2週間後・・・・
藤野裕子助教へのおわび
民団新聞3月20日付4面の「関東大震災加害者調書を公開」の記事は、
早稲田大学文学学術院の藤野裕子助教に直接取材したかのような印象を与え、なおかつ、
「藤野助教は『軍隊がデマを流したことを裏付ける決定的な証拠』と話している」
など、一部に不正確な内容が含まれていました。
同記事は藤野助教の了承を得て掲載したものではなく、
同記事に関する責任の一切は本紙にあります。関係者にお詫び申し上げます。
http://www.mindan.org/shinbun/news_view.php?page=10&category=2&newsid=17233
早稲田大学では、以前にも韓国の新聞(朝鮮日報)から取材内容を改ざん・捏造され、生徒がとばっちりを受けています↓
まぁ、謝罪すらしない朝鮮日報よりはマシかな