米“桜祭り”女性ジャーナリストが発端
ポトマック河畔では全米から大勢の観光客が訪れる
毎年3月から4月にかけて、アメリカ合衆国ワシントンのポトマック河畔では盛大な「桜祭り」が開催され、全米から大勢の観光客が訪れる。「さくらの女王」コンテストも開かれ、選ばれたクイーンは毎年日本を訪れている。
このイベントの主役である桜は、もともと日本から贈られたものであることは有名。明治初期、日本に在住した米国の女性ジャーナリスト、エリザ・R・シドモアさんが、日本の桜の美しさにひかれたことがそもそもこの「桜物語」の発端だ。
彼女は日本の美しい桜をアメリカにも移したいと考え、当時のタフト米大統領夫人に直接手紙を書いた。彼女の提案を受け入れた夫人の意志を知った「タカジア
スターゼ」発見者・高峰譲吉は尾崎行雄東京市長にその旨を伝えた。先の日露戦争に際して、日本に好意を示した米国に対しての謝意から、市長はすぐに桜寄贈
の決定へと動いた。
1909(明治42)年11月、日本郵船の加賀丸で苗木2000本が横浜港を出発、翌年ワシントンへ到着した。しかし、それらの桜には無数の害虫が付着していたことが判明、やむなく焼却処分に。それを聞いた市長はすぐさま関係者に呼びかけて新しい苗木を育てた。
12(大正1)年、そうして作り上げられた苗木6040本は再びアメリカに届けられ、ポトマック河畔に植えられた。ちなみに、贈られた苗木の半分は、
ニューヨーク・ハドソン河開発300年記念式への贈り物となったという。その後16(大正5)年、桜の返礼にと、アメリカの国民的な花木アメリカハナミズ
キが贈られてきた。
そして、「ポトマックの桜」100周年の今年、日米間でさまざまな記念事業が予定されており、新たにハナミズキ3000本が贈られる予定だ。
このすばらしい出来事のもとを作ったシドモアさんは家族と共に横浜の外国人墓地で静かに眠っているという。
-------------------
いい話じゃないか、朝鮮人には関係ないけど。