フランスでは、日本食レストラン数が2000年代に入り急増し、現在約1,500件(日本食材卸業者等へのヒアリングから推測)に達した。このように短期間で急成長を遂げた日本食レストラン業界だが、数年前より、オーナーシップ、市場、業態、料理、サービス等のあらゆる面で多極化が進み、それが市場全体をさらに底上げする新たな発展段階に入っている。
過去2つの段階を経た日本食レストラン業界
フランスにおける日本食レストラン業界の発展の歴史は、大きく2段階に分類できる。第1段階は、1970~1990年代半ばに至る、パリ市内を中心に立地する数十件の限られた数の日本食レストランが、日本人を主な顧客にしていた時代だ。当時のレストランは、在仏日本人による個人出資・運営が多くを占め、業態としては、「接待系」と「ラーメン中心系」に大別できた。前者は、主に日系企業の駐在員や出張者を対象にし、日本の伝統懐石や高級一品料理を中心にした高価格帯のメニューと日本的サービスを提供するものであった。後者は、主に在仏日本人や日本人観光客を対象にし、中間層にも手の届く価格設定で、ラーメンを中心に、その他麺類、カレーライス、どんぶり物等の気軽な料理を提供していた。
第2段階は、1990年後半からの10年間で、主に地元フランス人の中間層を対象に、日本食レストランの大衆化とカジュアル化、そして地方への拡散が進む時代だ。その牽引役となったのが、中国人を中心とするアジア系資本による「旧中華系」とフランス資本による「カジュアルすし系」の2大業態であった。
大衆化・カジュアル化・全国区化したすし・刺身・焼鳥
ここで1990~2000年代に大衆化・カジュアル化・全国区化し、業界地図を塗り替えた「旧中華系」と「カジュアルすし系」業態を少し深く見てみよう。
旧中華系は、パリ市内から郊外住宅地区、主要地方都市に至るまで全国各地で2000年代に入り次々に開店し、現在フランスにある日本食レストラン数の7~8割を占めるといわれる。その大多数が、中国系を中心にしたアジア系個人事業者による経営で、収益効率の向上を目指し、以前中華料理店だったものを日本食レストランに衣替えしたものだ。すし・刺身・焼鳥を組み合わせた限られたメニューを、日系レストランに比べ手ごろな値段で提供する。しかし、衛生管理面の不安や不備、従業員の不法労働問題で以前テレビ番組も含めマスコミ報道された経緯があり、一部の店を除き、彼らに対するマイナスイメージを持つフランス人も少なくないという。
一方、フランス資本のカジュアルすし系は、1990年代後半から2000年代にかけて設立され、カジュアルかつ現代風のフランス風食材や店舗コンセプトを取り入れている。すしを中心に、店内飲食、テイクアウト、宅配サービスの3つの業態で、パリ市内・地方都市の商業地区に積極的に店舗網を拡大した。下表にその主な店舗名を示す
第3段階に入る日本食レストラン業界
数年前より、フランスの日本食レストラン業界は、新たな様相を呈し始め、第3の発展段階に入ってきている。従来の、日系オーナーによる「接待系」「ラーメン中心系」、2000年代に入り日本食を大衆路線に乗せた主役「旧中華系」や「カジュアルすし系」に加え、3~4年前より、次の4つの新しいタイプのレストランが参入してきた。1つ目は、「モダン懐石系」で、革新的なアッパーミドル層を対象に、パリ市内の一等地や高所得者居住地区に進出するケースだ。モダンかつ洗練されてはいるが比較的手ごろな値段で懐石料理を展開する日本の外食企業の進出ケースが多い。2つ目は、「エリア密着系」で、パリの中心から少し外れた住宅地域や近隣都市に立地する。日系オーナーの店で、昼は周囲のオフィス従業員、夜は徒歩圏内の文化性の高いアッパーミドル層住民を対象に、すし・刺身はもとよりどんぶり物・天ぷら等その他のメニューを加えて展開する。これらは、同じエリア内に林立する旧中華系と比べ若干値段は高いが、料理・サービスの品質とバリエーションで差別化を図り、固定客を軸に展開する。3つ目は、「スペシャリスト系」で、日系のとんかつ、串揚げ、そば、うどん、お好み焼き等専門店のパリへの進出だ。4つ目は、「シェフ系」で、和食とフレンチの融合を追求した芸術性の高い超高級店だ。2008年和食レストランとして初のミシュランの星に輝いたパリの「あい田」、料理界の法王といわれるジョエル・ロブションがプロデュースし、2010年に星を獲得したモンテカルロの「YOSHI」などである。このように新たな4つのタイプのレストランが加わることにより、日本料理の選択肢の広がりと市場の多極化が進んでおり、これが業界全体の市場拡大を後押ししている。
http://www.jetro.go.jp/world/europe/fr/foods/trends/1010003.html
日本貿易振興機構(ジェトロ)