従軍慰安婦の真実
従軍慰安婦の証拠を検証するページです (図解入り)

慰安所の入り口の写真
上の写真の左側の垂れ幕に
「身も心も捧ぐ大和撫子のサービス」と書かれていますが、当時、慰安婦の約半数は韓国人(朝鮮人)女性
従軍慰安婦の写真

笑顔を見せている右端の女性は、歴史教科書では必ずカットされて掲載される
従軍慰安婦と聞くと「かわいそうな人たち」をイメージする方も多いようですが
戦争中は慰安行為(売春)によって収入を得る女性が多く存在しました。
通称「慰安婦」と呼ばれる人たちです。(慰安婦が存在した証拠はいくらでも残っています)
慰安婦の中には親に売られてしまった人や借金を背負っていた人もいました。
本人が望まずにそのような仕事についた人達は現在、日本に謝罪と賠償を求めています。
さらに言えば、問題にされているのが軍による強制が本当にあったのか?の点です。
なぜなら彼女達は、慰安所から高額な収入を得ていたことが分かっているからです。
大卒の初任給が月収「約20円」の時代に、
慰安婦は15倍に当たる「月収300円」以上で公募集をかけられていました。
戦地、従軍慰安婦の写真
(日本軍を追従する韓国人女性)

慰安婦の女性たちは、現代でいえば「風俗店で働く女性」と同じ仕事をしていました。
「売春婦」と呼ぶ人もいますが、女性に失礼な表現であるため、そのような言葉は使いません。
現代との決定的な違いは、「戦時中、売春は合法であった」という部分です。
「従軍」とは軍に同行する人を指します。
従軍記者、従軍カメラマン、従軍看護師などは存在が確認されています。
上の写真のような「従軍(追軍)慰安婦」はいくらでもいましたが
強制によるもの?がいたかどうかは証言以外に証拠がありません。
(当時は、公募集すればいくらでも慰安婦が集まる時代です)
慰安婦を募集する広告 「月収300円以上(3000円前借可)」

新聞「京城日報(キョンソンイルボ)」 1944年7月26日
自称従軍慰安婦の証言
慰安婦問題の、有力な証言者として積極的に公演を行っているのが「黄錦周」「李容洙」さんの2人
以下はすべて、従軍慰安婦として有名な「黄錦周」(ファン・クムジュ)さん1人による証言です。
(1)従軍慰安婦と戦後補償 / 著者:高木健一
「生活は貧しく、12歳のときに100円で売られた。ソウルの金持ちの家で小間使い。
1938年に威鏡南道ハムン郡で女中をしていた時に、その家の娘の身代わりとなって満州に連行され従軍慰安婦となった」
(2)国連・経済社会理事会クマラスワミ報告 / 1996年1月4日
「17歳のとき、日本人の村の指導者の妻が、未婚の朝鮮人少女全員に、日本軍の工場に働きに行くように命じました。そのとき私は労働者として徴用されたのだと思いました。」
(3)日本TV企業"TBS"「ここが変だよ日本人」というTV番組より(従軍慰安婦問題)
「私は19歳で学校を卒業する25日前に、日本軍に引っ張り出され、仕方なく慰安所に行ったんだ」
(4)「日韓社会科教育交流団韓国を訪問/1997夏期
「満18歳になったある日、男がやって来て、村から娘を提供するように言いました。」
(5)旧日本軍「従軍慰安婦」の証言を聞く集会 / 1997年12月5日
『村の班長(日本人)に「一家に一人は行かなくては」と脅され、1941年、韓国を離れましたが、到着した場所は、慰安所でした。』
(6)黄錦周さんの証言を聞く会 / 2001.07.17 / 東京大学にて
「14歳のとき、いわゆる「少女出」で満州に連行され、皇軍兵士のセックスの道具にされた。つらい体験だった。」
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公演するたびに、証言が変わるのが特徴
しかし彼女は、日本軍に従軍慰安婦を強制された有力な証言者とされており
歴史学者達に長い間引用されてきた。
「文玉珠(ムン・オクス)」さんの証言
「文玉珠」さんという(自称)従軍慰安婦女性は、平成4年に日本の郵便局を訪れ、
2万6145円(当時の金額)の預金返還の訴訟を起こしています。
千円もあれば故郷の大邱に小さな家が一軒買えると体験記で述べていますが、
現在の価値なら、4000万~5000万円程度の大金を、
彼女が(自称)性奴隷であった約3年間で貯めていたことが分かります。
(クリックで拡大)
慰安婦であった期間に文原玉珠名義で、合計12回の振込み(計26,145円)を行っていますが
当時、家が20~30件買えるほどの金額
ナヌムの家に住む(自称)従軍慰安婦 「李容珠(イ・ヨンス)さん」の証言
1944年、16歳の時に強制連行され台湾へ。
旧日本軍の従軍慰安婦としての生活を3年間強制された。(1947年まで)
(※終戦により日本軍がいなくなった後も、現地で2年間ほど働いていたことになる)
↓
このことを指摘され、従軍慰安婦の期間を 3年間→1年間に修正
2007年さいたま浦和の公演の配布資料
(クリックで拡大)
チョン・ソウンさん
証言内容
「13歳(1937年)の時にインドネシアに強制連行され、従軍慰安婦として
7年間(~1946年まで)性奴隷にされた。」
2004年他界。享年80歳
(日本のインドネシア攻略は1941年。それ以前はオランダの植民地です)