イギリスの歴史教科書
司令官東郷提督は砲火を一杯に開きつつ、ロシア艦隊の先頭を横切って進むことができた。このTの横棒を書くやり方は、蒸気船の軍艦にとっての最善の攻撃形態であり、勝利はほぼ確実であった。日本軍の砲撃はツァーの軍艦を木っ端微塵に打ち砕いた。たった一時間の間に八隻のロシアの艦船が沈められた。東郷は一七九八年のナイルにおけるネルソンの勝利以来最も大々的な海での勝利を勝ち取ったのである 」と、東郷元帥だけでなく丁字戦法一敵前回頭まで解説している。
さらに日露戦争の与えた影響について、「四〇年間で日本はヨーロッパの大国を打ち破るところまで近代化を成し遂げた。日本はたちまちのうちに海外領土を持つ帝国主義国となり、西欧に対するアジアの人々の明らかなチャンピオンになったのである。日本人は偉大な未来を夢見はじめた。……ヨーロッパが目覚めさせたのは美女ではなく、巨人だったのである」と、イギリスの教科書の記述は生き生きとしており、その内容は日本人が読んでも感動的であり、それでいてエスプリがあり、いかにもイギリスらしい書き方ではないか。
フランスの歴史教科書
日本海海戦の錦絵を掲げ、「新しい軍事大国、日本。対馬列島沖海戦の日本艦隊、一九〇五年五月。この版画はよく知られているもの。日本軍は奉天の陸戦でロシア軍を破った。救出のためヨーロッパから来たロシア艦隊も、東郷平八郎司令官(のち元帥)の率いる連合艦隊に数時間で敗れ去った。この絵は愛国心を高めるために使われた
ポーランドの歴史教科書
明治天皇と三笠艦橋の東郷司令長官の写真を大きく掲げ、旅順封鎖作戦や日本海海戦の作戦図を全ページを使って示し、独立運動の指導者のドモフスキやピウスツキが戦争中に相次いで来日し、外務省や参謀本部と接触した事実も詳しく言及し、日露戦争勃発直後の一九〇四年二月八日に、ポーランドの社会党員がオーストリア公使・牧野伸顕に宛てた書簡から「ポーランド人はロシアの生来の仇敵です。ポーランド人民の利益は決して日本の利益と衝突することはないので、日本は間違いなくポーランド人の共感を得られるであろう」 と記載
インドネシアの歴史教科書
、「一九〇四年から五年における日露戦争において日本がロシアに勝利を収めたことは、インドネシアのナショナリズム運動の流れに特別のインパクトを与えた。日本の勝利はアジア民族に、西洋に勝つこともできるという自信を植え付けるとともに劣等感を払拭させ、ヨーロッパ人と同様でありたいという国民意識を育てることになった」と教えている。さらに第六章の「日本占領とインドネシアの独立準備」の項では、ペリーの来航から明治維新までの日本の近代化を詳細に説明し、日本は短期間に西洋諸国と肩を並べるまでになった。日本は旧式の国家から近代国家へ、小国から世界から恐れらる大国になったと、明治天皇とその家族の写真を大きく掲げ、その説明には「睦仁天皇とその家族。この天皇政府の下で日本はロシアに対し歴史的勝利を収めた。ロシアの敗北はアジア諸国の民族主義を興起した」と日本の急激な近代化を讃えている。
朝鮮土人については残念ながら記載なし