長いのでダラダラ読んでね
「セウォル号」沈没事故の収拾過程で、韓国政府が糾弾を受ける中、大統領府のホームページに寄せられた「あなたがこれ以上大統領ではあってはならない理由」という書き込みが韓国ネットユーザーの注目を集めている。
韓国ネットユーザーのチョン氏は27日午前、大統領府のホームページに設けられている自由掲示板に、実名で「今の大統領は、もはや大統領であってはならない」と題した長文の書き込みを行った。
http://www1.president.go.kr/util/error.php

チョン氏は「これまで大統領を批判したことはない」としながらも、今回の件について「大統領として執行すべき必要な案件をいくつか逸した」として文を始め、「大統領は自分がすべきことが何であるかを知らなかった」と指摘。また「リーダーの役割は責任を適宜に分散して秩序立てることにあり、現場に駆けつけて罹災者の家族の慰労に務めることではない」として、「問題を把握し、優先課題を設け、それにかかるコストを心配しないように諸般の責任を引き受けるのがリーダーの仕事だ」と述べた。
つまりは「私が責任をもつから、ありとあらゆる試みを尽くして救助に当たれ」というのが、リーダーの言葉であるべきで、現場の混乱と発生するコストに関しての憂慮は、人命最優先ではないという誤った認識を設定した」という批判である。
チョン氏は最後に「責任を負わない大統領は必要ない」と書き、「大統領としての大きな権限と待遇は、それが「責任の対価」にあるからだとし「やるべきことをいちいち閣僚に伝える必要があるのか、人を生かすことが下手で責任を負うことのない首長はいらない」と述べ、「本気で大統領の解任を求める」と文を締めくくった。
青瓦台のホームページに書き込んだりコメントを付けたりするのには、実名認証が必要など厳しい手続きを経なければならないが、この書き込みには公開されてから12時間も経たないうちにアクセス10万件を超え、およそ1万人が「共感」をクリックし、数百人のネットユーザーがコメントをつけている。
また一部の韓国メディアでは、25日付けの世論調査の結果として、朴槿恵大統領の国政運営に対する肯定的評価は、直前の調査の49.7%から9.9%下落した39.8%を記録、否定評価は、15.3%急騰した49.3%を示したと報じている。「セウォル号」沈没事故に関する政府の初動対処については65.5%の回答者が「間違いだった」と評価した。肯定評価は50代、60代では勝るものの、それ以下の年代では圧倒的に否定評価の方が多かったという。(青瓦台のホームページの画像はGoogle翻訳をかけたもの)
※28日午前までにチョン氏の書き込みには49万のアクセスがあり、「共感」のクリック数が26,000を超えたものの、チョン氏自身がこの文を削除。書き込みは「私が書いたものではなく、Facebookからコピーしたもの」と明かし「これほど反響を呼ぶとは思わなかった。騒ぎを起こしたことを申し訳なく思う」と青瓦台掲示板の管理者に述べたと伝えられた。
(中央日報)
http://news.khan.co.kr/kh_news/khan_art_view.html?artid=201404272009281#livereContainer
コピーしたにせよ、自分の「言いたいこと」が書かれたから引用したんでしょ?
なぜそこでヘタレたのか?
ところで話は脱線しますが、昨日のドイツ紙「Frankfurter Rundschau」ではこのようなことが書かれていました
韓国の沿岸で起きた旅客船沈没事故後、同国の朴槿恵大統領は失意の家族の前にあってもほとんど感情の起伏を見せない。それはまるで「氷の女王」に似て、行方不明者の家族に対して慰労の言葉を述べながらも感情が伴わない。沈没した「セウォル号」に乗船していた年の頃十六、七の息子や娘の安否の報告を待つ家族が集まっている珍島体育館でもそうだった。
彼女は怖ろしく冷静な面持ちで痛みを共感するという言葉を述べたが、事件と彼女はまったく関係がないと言っているようにも聞こえた。即興的な怒りを演出するでもなく深い同情を示すでもなく、彼女は「氷の女王」の姿を見せるだけだ。韓国人たちは彼女には感情がないと繰り返し非難している。
ソウルにあるシックな青瓦台、大統領官邸に蟄居する低体温には普通の市民の生活がどんなふうなのか見当もつかないのだろうと人はいう。
■ ぎゃくさつ者の娘
「将軍の娘」は常に不信感をもって生きてきた。韓国史上初の女性大統領に就任してから14か月になる62歳の大統領は、自分の家族のイメージからいまだ抜け出せずにいる。1961年の軍事クーデター以降、独裁国家を統治していた父、朴正煕の残虐な行為が今も記憶される。
壮年になったとはいえ、朴槿恵はまだ「ぎゃくさつ者」の娘であり、また韓国の高齢者の多くにとっては最貧国圏からあらゆる手段を講じて高度成長を成し遂げ、いいイメージが残っている朴正煕の子供だということ。しかし彼女が父の謀略について謝罪したのはただの選挙戦略の一環だと見なした人々にとっては、朴槿恵はただの悪夢にすぎない。
父が権力をつかむために軍事クーデターを起こした時、朴槿恵は11歳だった。
彼女は何の心配もない少女時代を楽しんだ後、独裁を敷いていた父を狙った弾で、母、陸英修がしぼうした(文世光事件)1974年に留学先のフランスから急遽帰国。グルノーブル大で電子工学を学んでいた22歳は、以来父のファーストレディー役を務めた。しかし彼女はそれから5年後、再び墓の前に立つことになる。自国の中央情報部部長に父が銃で撃たれたのだ。彼女は表舞台から身を引いた。
■ 政界入りは望まなかった
決して望まなかった筈の政界入り―しかし彼女は戻ってきた。
1998年に国会議員に当選した彼女は、2004年には現在セヌリ党と呼ばれるハンナラ党の代表に就任。2年後には遊説中に男に顔をナイフで刺されて負傷し、未婚で子供もいない彼女は群衆を避けるようになった。以降、朴正煕の娘としてではなく、1人の政治家として2回、青瓦台を目指した。
2013年に大統領に就任してからは、国の首長としての職務を遂行するも経済の民主化と福祉の向上という選挙公約の面で足を滑らしつつある。
百人以上のしぼう者を出した客船の惨事は朴槿恵政権への抗議に変わる可能性がある。しかし大統領はそういったことは眼中にないように、依然として氷のように冷たい表情を変えることはない。
不必要なまでに詳細書かれてますね、
どうやらドイツは「韓国=フェリー沈没=冷たい大統領」という認識のようです