余録:明治天皇の事績を宮内省が編んだ「明治天皇
紀」の…
毎日新聞 2014年08月22日 00時03分
明治天皇の事績を宮内省が編んだ「明治天皇紀」の昭和天皇への奉呈(提出)は1933年9月だった。正式な提出に先立ち、編修局総裁の金子堅太郎は昭和天皇に一部記述を省きたいと申し出た
▲それは明治天皇が日清・日露の戦争の開戦に賛成でなく、むしろ平和裏に解決したいとの意向が強かったことを記した部分だった。満州事変から国際連盟脱退へいたった当時、金子は「こういうことを今日書くのは面白くない」とその記述を省こうと考えたのである
▲だが昭和天皇は後で侍従長に言った。「この思召こそ、明治天皇の平和愛好の御精神が現れていて、後世に伝うべきであり、御年代紀に特に書き入れた方がいい」。戦後公刊された「明治天皇紀」は「朕が志にあらず」と開戦に涙を流した明治天皇の姿を伝えている
▲原田熊雄の「西園寺公と政局」が記録する逸話だが、平山周吉さんの「昭和天皇『よもの海』の謎」(新潮選書)で教えてもらった。では完成した「昭和天皇実録」は、その明治天皇の姿を胸に戦争の時代へ踏み入っていった昭和天皇の足跡をどう記しているだろう
▲現人神(あらひとがみ)から国民統合の象徴へ、未曽有の戦乱と繁栄を一代で生きた昭和天皇の事績を年代順に記す「昭和天皇実録」が宮内庁長官から天皇、皇后両陛下に提出された。その量は「明治天皇紀」の1.5倍にあたる約1万2000ページ、24年間に及ぶ編修事業の成果という
▲これが今後の昭和史研究の基礎資料となるのはいうまでもない。ただ先の逸話が示すところ「実録」もまた歴史の産物である。この先の検証や論争が若い歴女歴男の関心を近現代史へ導けばいい。
http://mainichi.jp/opinion/news/20140822k0000m070140000c.html
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