ただ、この人間は注目に値しない雑魚
社会に不満を持つ最下層、典型的低学歴ネット嫌韓右翼
好きに活動させて日本の右翼への嫌悪感を増大させ
世界に対して日本の恥部として利用すればいいだけのこと
都知事選への立候補で右翼団体の資金源と工作員の疑惑が濃厚になったけど
直接表の社会には受け入れられないし
公的な存在には表立って連携は持ってもらえないunder groundな存在だ
WIKIより
桜井 誠(さくらい まこと、1972年〈昭和47年〉2月15日[1] - )は、日本の政治活動家。在日特権を許さない市民の会の初代会長(在任:2006年 - 2014年)。
「桜井誠」はペンネーム・通称 。かつて韓国、中国の近現代史をテーマにしたウェブサイト「不思議の国の韓国」[4]の管理人を務めていた。トレードマークは蝶ネクタイとサスペンダー本名は非公開。通常の活動では「桜井誠」を名乗っている。これは最初の著書を出版する際、本人は本名でもペンネームどちらでもでもよいと申し出たが、出版社が左翼団体の襲撃を恐れてペンネームで本を出させ、このペンネームで有名になったため現在もこの名を使用しているからであると主張している[6]。
なお、テレビ出演の際には「木村誠」を称していた事もある。ここでも、本人は本名で構わないと言ったものの、製作担当者に「木村誠」の名札を付けるように言われたのだという[7]。とはいえ、結果として彼は「桜井誠」の名前で人々に知られるようになり、今現在ではペンネームのみならず通称となっている。
2012年(平成24年)11月14日の京都地裁にて行われた京都朝鮮学校公園占用抗議事件民事裁判第15回口頭弁論においては、裁判官に本名で促されてから「はい」と答え、証言台に上がっている。尋問自体は、社会的に通用している「桜井」の通称で行われた。
福岡県北九州市出身[2]。母子家庭であり、本人曰く生活は決して豊かではなかったという[8]。
福岡県立中間高等学校を卒業した[3]。大学に進学したかったものの、そのころに母親が死亡し、また弟を大学に行かせるために自身の大学進学を断念した[8]。高校卒業後、弟の学費を稼ぐため地元を離れて上京し、弟には毎月仕送りをし続けた[8]。
上京後は特別区区役所の非常勤職員を経験した[9][10]。なお、桜井は市役所に勤務している間、公明党や日本共産党などの助力による生活保護不正受給にも直面した、と生放送で語っている[10]。
また、インターネットを通じて韓国について独学で研究を進め、「韓国という国は、知れば知るほど嫌いになる希有の国」[11]という認識を持った。最初のうちは中央日報電子版の翻訳掲示板に出入りし、「konkon」というハンドルネームで韓国人たちと討論を行った。後に、韓国の子どもたちへ「『考えること』を教えよう」との考え[11]から、利用者年齢層の低いネイバーに移った。この頃からハンドルネームDoronpaを使い始めた。その後、自身のウェブサイト「不思議の国の韓国」「Doronpaの独り言」を開設した。
2010年(平成23年)に取材を受けたニューヨーク・タイムズ紙に、当時の本業は税金関係(a 38-year-old tax accountant)と報じられ[12]、税理士ではないかという推論がネット上に流れた。しかし、安田浩一が、「あなたの職業が税理士というのは本当か」と尋ねたところ、桜井自身は「そんなこと答えた覚えはない」と明確に否定している[13]。さらにニューヨーク・タイムズ紙の取材に対して、自らの活動をネオナチと比較されることを拒んだうえで、米国のティーパーティー運動を手本に活動していることを明かした。外国人やリベラル系メディア、左派系政治家が国を支配しているせいで道を誤るという、茶会と同じ危機感を持つことがでてきたためという[14]。
2013年(平成25年)2月23日、神奈川の竹島奪還デモ終了後、東神奈川駅に一人でいたところ、対立団体「レイシストをしばき隊(現・対レイシスト行動集団)」の隊長・野間易通、幹部・伊藤大介ら数名に襲撃され、唇を切る傷害を負った[15]。だが、桜井は彼らの氏名、住所などの個人情報が警察に流れ、警察がそれらの情報を全て把握したため、結果としてはよかったと語っている[15]。
同年6月16日、東京・新宿で行われた他団体のデモに参加しようと新宿駅に来た所、待ち伏せしていたしばき隊のメンバーらとと小競り合いになり、しばき隊のメンバーにメガネを奪われたため被害届を新宿署に提出しに行った所、しばき隊側が桜井のつばがかかったため相被疑であると主張して、共に現行犯逮捕されたが[16][17][18]、勾留延長はされず48時間以内に釈放され不起訴となった[19]。桜井は釈放後のニコニコ生放送で、デモ前の新宿駅でのもみ合いの過程で「つばがかかった・かからない」といった程度のことで逮捕されただけであるのにマスコミ[誰?]はデモ中での暴行事件と報じた、なおかつ不起訴つまり無罪であったのに顔写真、実名、住所まで報道しておきながら続報は伝えない偏向報道であると主張した[20]。また、自身のTwitter及びブログ上で、しばき隊及び関連団体の男組を「準暴力団」「広域犯罪組織」などと批判している[21][22]。
活動の主体は、街頭宣伝とおよび講演活動、およびYouTube・ニコニコ動画での動画配信である。上記トレードマークの装いで関係者とともに全国各地を訪ね、街頭で日韓関係をはじめ様々な問題の糾弾を行っている。糾弾のテーマは主に在日韓国・朝鮮人による在日特権の不当行使、日中韓の外交問題、朝鮮総連による北朝鮮へのテロ支援行為、在日による犯罪行為、中国人をはじめとしたその他の在日外国人による犯罪行為、密入国者・不法滞在者とその支援者、アメリカ合衆国の戦争犯罪、アメリカ軍兵士が過去に日本で犯した犯罪行為のほか、外国人参政権等の推進を公約として活動している政党などを糾弾の対象としている[24]。また、埼玉県蕨市で偽造パスポートによって不法滞在していたフィリピン人家族の日本への特別在留許可申請に対しても抗議街宣を行った[25]。
街宣活動では、瀬戸弘幸など、他の保守系活動家と行動を共にすることもあり、彼らのブログなどでも活動報告、カンパの呼び掛けが行われている。全国紙上にもコメントが掲載され、2009年(平成21年)6月18日付けの『朝日新聞』全国朝刊3面には在特会による運動の取材記事と桜井のインタビューが掲載された。
東亜細亜問題研究会
日本と、保守派の主張する「特定アジア」との関係、および朝鮮半島史について史料研究を行う自由主義史観派市民の集まりである。
在日特権を許さない市民の会(在特会)
詳細は「在日特権を許さない市民の会」を参照- 公称1万人を超す会員を有する団体。在日韓国・朝鮮人が持つ特別永住資格や通名の使用を在日特権とみなして[26]これに反対し、在日特権を日本から無くすことを目的に設立した。正式発足は2007年(平成19年)1月20日。
- 2008年(平成20年)の大会は保守系の地方議員3名を来賓に招いて挙行され、130人ほどが集まった。同年の終戦の日には約40名の会員を動員して靖国神社前で街宣し、同時に朝鮮総連中央本部に対して抗議デモ、及び反天連の反靖国デモに抗議を行った。晩秋には、朝鮮半島問題の渦中にある対馬およびウトロ地区、朝鮮大学校周辺に約60人の会員を率いて乗り込み、問題の関係者や地元行政に抗議する街宣を行った。
- 2009年(平成21年)からは、街頭において100人以上を動員する街宣をコンスタントに行うようになった。以下、警察発表によれば、4月13日には120名の会員を集めて埼玉県蕨市で密入国者や不法滞在者への抗議デモを行う。5月3日には、約450人を集め、同31日には約250人を集めて街宣。6月13日には175人の会員を京都市役所前に集めてデモを行った。このデモに際しては、韓国民団が
支持する左派集団から事前に「反撃」の予告を受けていた。予告通り、デモの際に当該左翼集団と遭遇し、双方が互いを激しく罵りあう騒ぎがあった。この騒ぎ
の中で、桜井が当該左翼集団のシンパとみられる男性から暴行を受ける事件が発生した。なお、在特会によると、当該左翼集団は6月13日に京都において実施
されたデモにおいて国旗である日章旗(日の丸)を冒涜していた[27]。7月には、鳥肌実とのトークショーと晩餐会を名古屋市にて開催し、約110名の会員を三鷹市と福岡市に集めてデモを行った。8月1日〜3日には、三鷹市の協働センターにおいて開催された「従軍慰安婦」に関するイベントに抗議するため、首都圏在住の約120名の会員が会場前に3日間にわたって陣取り続け、同地で3日間連続で街宣した。それと同時に、京都府や富山県においても、会員有志が「従軍慰安婦」に関するイベントへの抗議行動を行った。四国でも、会員有志が「津賀ダム朝鮮人強制連行慰霊祭」に対して「在特会有志は、韓国による歴史の虚偽歪曲ねつ造、歴史修正主義を許しません。竹島問
題の解決なくして、真の日韓友好はありません」との抗議声明を発した。終戦の日である同月15日には約520名の会員らを靖国神社付近に動員し、街宣活動
及び反天連への抗議活動を行い、機動隊の阻止を突破し反天連のデモ隊と乱闘し、解散地点まで追いかけた。翌16日には、三鷹市の三鷹市公会堂において、東
京都議会議員古賀俊昭を招いて「慰安婦フェスティバル」を有料で開催し、1000円の参加費を支払って来場した220名の客に対し、在特会が所蔵する李氏朝鮮や朝鮮総督府時代の史料の閲覧コーナーや弁士の演説を披露した。8月30日、桜井はニコニコ生放送を通じてチャンネル桜を批判し、事実上の絶縁宣言を行った[28][29]。チャンネル桜側もこれに応じ、水島総社長が桜井との絶縁を宣言する声明を発した(後に和解し、同じ日本を愛する者として2010年(平成22年)に開催された水島が幹事長を務める頑張れ日本!全国行動委員会のデモ行進を支持し[30]、チャンネル桜にも出演している[31]、2011年(平成23年)9月2日に行われた朝鮮学校無償化に対する街宣では親交的な場面が目撃されている[32])。
- 9月27日には、秋葉原に約800名(警察発表では750名)の会員を集め、「国民主権の堅持・外国人参政権反対」を訴えるデモを行った。このデモの最中に、「排外主義反対」と書かれた紙を持って立っていた男性と小競り合いが生じた。付近は一時騒然としたものの警察官が止めに入り乱闘事件は収束した[33]。このデモを警備していた警察部隊は、事件の一部始終を確かに認識していたが、現場で両者の引き離しを行うにとどまった。
- 11月1日、桜井は、地方議員1名と村田春樹ら会員45名を伴って、東京都小平市に在る朝鮮大学校に向かい、行われていた学園祭の見学を申し入れたが、ブルーリボンバッジの着用を理由に拒否されたため、急遽「抗議行動」に切り替えた[34]。その際、北朝鮮を支持する日本の左派や在日朝鮮人が反撃に現れて双方もみ合いとなったため、警察が出動して騒ぎを収拾した[34]。
- 12月20日、京都府宇治市ウトロ地区に約200名の会員を動員し、当該地区住民グループが過去に犯した罪や、その「在日特権にまみれた生き様」を糾弾するデモを行った[35]。
- 2010年(平成22年)8月10日 - 2009年(平成21年)12月に、京都朝鮮第一初級学校が近隣の公園を不正使用しているとの主張に基づき、不正使用中だとされる公園で街宣を行いその際に公園内に学校側が設置した備品を撤去し学校に返却しようとして、受け取らない学校側と小競り合いになった4幹部が、学校の告訴を受け捜査中の京都府警察に、威力業務妨害・暴力行為等処罰ニ関スル法律違反(集団的器物損壊)・名誉毀損容疑で逮捕された際に、桜井誠宅にも関係先として家宅捜索が入った[36][37]。
- 2011年(平成23年)3月11日、東日本大震災に際し、桜井は所属している東京都災害時支援ボランティアの一隊員として消防署に出頭し、帰宅困難者の救援を行った [38]。また、震災の直後には在特会に義援金と救援物資の調達を指示し、瀬戸弘幸、千風の会と合同で被災地への救援物資輸送のボランティア活動を行った[38]。
- 桜井は河野談話の白紙撤回を求める市民の会の賛同人でもある。同会は2008年(平成20年)1月26日に女たちの戦争と平和資料館に対し、「慰安婦は嘘つきであり、唯の売春婦である。慰安所でも強姦が存在しなかった以上、日本政府にはなんら責任はない。”性奴隷”とは、ナチスが行った強姦などの犯罪行為の被害者となったユダヤ人の女性たちのことを指すものであり、売春婦のことを性奴隷とは呼ばない」「反日勢力に よる歴史修正を許さない」とする持論を展開するデモを行った。この時、桜井もデモに参加しており、後日ブログでその報告をしている。また、名古屋市で同年 4月17日に開催されることになっていた「元慰安婦」の講演会に対して、在特会愛知支部が会場に予定されていた貸しホールに抗議を行い[39][40]、講演会が開催直前に「保守系団体の抗議行動により会場のキャンセルを余儀なくされた」との報道[41]を受け、自身のブログおよび在特会のホームページにて「反日左翼の妄動を行動する保守運動が初めて未然に防いだ」と述べている[39][40]。
- 2014年(平成26年)11月11日、桜井は同月30日をもって会長を辞任し、筆頭副会長の八木康洋に会長職を譲るとともに、同会の会籍からも離脱する意向を宣言した[42][43]。
原発の火を消させない国民会議
「在日特権を許さない市民の会#東日本大震災・原子力発電所について」も参照福島第一原子力発電所事故以降、日本国内で活発になっている急進的な反原発の動きに危機感を抱き、桜井が有志らと結成した組織。反原発デモに対する直接の抗議活動を行った。会長は原発維持派の桜井、書記長は原発推進派の八木康洋(東大工学部卒)が務めている。八木と原発推進運動を共にする主要な活動家は、日本の自存自衛を取り戻す会幹部の永井清之(京大工学部卒)。関西に支部が存在したが、2013年現在は休眠中[44]。
桜井らは、反原発の動きが反日左翼団体、反日外国人(主に在日韓国・朝鮮人など)、中核派などの「極左暴力集団」[45]が電力不足にする事で日本を衰退させることを目的として行っているものと主張しており、原発の即時停止など急進的な反原発に反対し、代替エネルギーが確保できるまで原発の再稼働による電力の確保が必要であると主張している[45]。なお、国民会議らが抗議活動を行った、6月11日の東京での原子力発電所反対デモでは、朝鮮語(ハングル)表記が確認されていたり[45]、反原発活動に中核派・革マル・革労協などの極左過激派(極左暴力集団)が参加しているのが確認されている[46]。また桜井は原発の推進を主張しているわけではないと述べている他、原発再稼動の必要性を主張している[45]。
原発関連の活動では、国民会議が主催団体で在特会は協賛団体となっている[47]。この団体に賛同する団体は新攘夷運動 排害社、日本侵略を許さない国民の会(日侵会)など複数存在しており、共同で街宣活動をしていることがある[45]。
桜井は左翼の主張する反原発運動は日本の電力の安定供給が危うくなり、経済が成り立たないとも主張し、電力不足は左翼が主張する「社会的弱者」が一番に犠牲になるとも主張している他、現段階の日本は原発に頼らざるをえないとも述べている韓国に関して
著書の中で韓国を、「常に歴代中華帝国の徹底的な蹂躙を受けてきた朝鮮半島では、自分たちを小中華と呼んで中華の正統な後継者と勝手に位置づけ、また中華文化圏からいち早く抜け出した日本などを東夷と呼んで蔑むことで、かろうじて崩壊寸前の精神の均衡を保ってきたのである」「韓国にまともな歴史や文化が存在しない事は、少しでもかの半島の歴史を勉強した方なら納得いくことだろうが、だからこそ屈辱にまみれた朝鮮の歴史を認める事が出来ない韓国人たちは、たとえ捏造してでも、自分たちがいかに誇らしき民族であるかを世界に示したいのである。韓国人の歴史や文化に対する劣等感は、日本人には想像できないほど凄まじいのである」と述べている[78]。そのうえで韓国という国は所詮中国の尖兵にすぎないとし、朝鮮人をどうにかできずに中国人と一体どうやって戦うのか?、とも主張している。
桜井は戦前、日本が朝鮮半島を日韓併合で「併合」したのであって、植民地化などはしていないとする立場を貫いている[79]。その理由としては、大日本帝国時代に朝鮮半島の教育やインフラ整備のために莫大な支出を行い、朝鮮半島経営は常に赤字続きで黒字に転換しなかったこと、列強の植民地支配でよく徴収されていた人頭税の徴収がなかったことを上げている[79]。桜井はまた、大日本帝国統治下では朝鮮人に対する差別行為などは一切なかったと述べている[79]。
桜井は韓国に対する戦時賠償と謝罪はすべて日韓基本条約で決着したとし、それでもなお戦時賠償と謝罪を求め続ける韓国に強い憤りを感じている[80]。桜井はまた、日韓基本条約が日本にとって不利かつ無理やり結ばされた条約であり、日本は韓国の国家予算の倍以上に相当する額を外貨(ドル)で支払わされたことを鑑みて、同条約で得た経済協力金(桜井曰く高額の賠償金)が当時世界最貧国であった韓国の経済発展(漢江の奇跡)に繋がったと主張している[80]。さらに、桜井は韓国内で日本企業に対して行われている訴訟に対し、日本企業が妥協しないことを訴えている[80]。
中国に関して
桜井は中国に関しても韓国と同様に批判的な立場を崩さず、中国のことを「恐ろしい国」とし、中国人は「世界史上でも最も凶悪にして凶暴な人種」であると主張する[81]。彼はまた、「仮に移民受け入れで日本に多数の中国人が入国してきたら、いったい日本はどうなるのか?」と危惧し[81]、日本は中国の脅威を今一度考えるべきだと訴えている[76]。
桜井は中国のチベット、ウイグルにおける虐殺についても指摘し、中国のチベット侵攻やその後の弾圧を見て、これらの地域における中国人による行動は紛れもなく「民族浄化」に他ならないとする[81]。これらとともに中国の西沙諸島、南沙諸島への侵攻と領土紛争に関して、西沙諸島をめぐるベトナムと中国の関係はいつ紛争になってもおかしくないと指摘している[76]。また、桜井はこの事実をあまり報道しないマスメディアに憤りを感じている[76]。
桜井は中国が膨張主義を止めない理由として、2つの理由を挙げている[76]。一つは中国は歴史的に各方面に侵略しており、それにより国内の政治不安を和らげ、国民の目からそむけるという政策をし続けたことである[76]。もう一つは中国の人口が政府ですら把握できないほど爆発状態にあり、その人口は無戸籍の人間を含め14億人を超えたと桜井は推測している。また、実数の不明な無戸籍の人間はまともな職業に就けず、蛇頭(密入国斡旋ブローカー犯罪組織)に頼らざるを得ないのだという[76]。中国は国土面積が広い割には人が居住できる地域が少なく、そのキャパシティの限界を越えつつあると桜井は計算している。 北京一帯の人口も一億人を超え、飲料水として膨大な地下水をくみ上げた結果砂漠化が進むなど、深刻な資源不足に見舞われているという[76]。これらの人口の増大の結果、中国は国内での石油資源需要を賄いきれず、そのために中国は西沙諸島、南沙諸島、尖閣諸島などへ海洋進出しているのだと桜井は推測している[76]。
また、桜井は吉林省にあるミサイル基地に大陸間弾道弾(東風5号)が20機、