長文の結論は、
「我々韓国人は大言壮語して虚勢を張る非理性的な未開人」ですw
【コラム】韓国唯一のノーベル賞が平和賞なのは偶然ではない
朝鮮日報 2016/10/06れわれはなぜか日本人がノーベル賞を受賞すると「韓国は何をやっているのか」と興奮する。米国人、英国人、ドイツ人が受賞しても何とも思わないのだが、日本人が受賞するや、韓国の科学水準を嘆く。先ごろ日本のあるメディアはそんな韓国人をおかしな人々だという趣旨で報じた。韓国で「リオ五輪で日本が活躍したのに韓国はどうなっている」などという報道が相次いでいた時期だ。
100年余り前、西洋の宣教師が撮影した韓国の姿は乳をあらわにした女性たち、数カ月は水浴びしていないであろう子どもたち、ふん尿だらけの光化門通りだった。それに比べれば現在の韓日の差は縮まった。それでも格差は存在する。韓国が気付かないだけだ。韓国人は「世界で唯一日本を見下す韓国人」という言葉を聞くと悪い気はしない。そんな声に酔う人もいる。実はそこに「おかしな韓国人」という言葉の意味がひそんでいる。実際には日本を見下す国など世界に存在しないからだ。日本を見下すためには日本に対し無知でなければならない。ろくに知らずに大言壮語して虚勢を張る人だけが日本を見下すことができる。
ノーベル賞にこだわることも、知らずに虚勢を張っているためではないかと感じることがある。普段は科学に全く関心がない。科学を知らないことを恥じるどころか随分と堂々と論じる人も多く見掛けた。それを「知性ある人」の特性の一つと考える人も少なくない。それでいてノーベル賞発表の時期になると興奮するのは、普段バドミントンやレスリングに関心がないのに、五輪で金メダルを取れと騒ぐようなものだ。米国のあるメディアは最近、「世界で最も本を読まない韓国人がノーベル文学賞を待ち望んでいる」と指摘した。余計な説明はいらない。韓国で毎年1回高まるノーベル賞への熱気はどう見ても自己顕示主義、一発狙いに思える。
100年余り前に西洋の軍艦が漢江沿いで艦砲を撃つと、驚いた王族は宮廷の裏庭に釜を埋めたという。シャーマンの指示通りにしたのだった。昔だけではない。さまざまな選挙期日が法律で定められる前まで、韓国の大統領選、総選挙の期日は占い師が決めていた。当時は大統領に有利で野党総裁には不吉な日取りを選んだ。実務責任者から直接聞いた話だ。韓国社会と韓国人の意識の根底には今も科学と理性ではなく、迷信と感情が存在するのだと思う。非科学、非理性が支配する国がノーベル賞を切望していることになる。
韓国が過去に唯一受賞したノーベル賞が政治賞(平和賞)であることは決して偶然ではない。善かれあしかれそれは受賞に値すると思う。これからも受賞者が出るかもしれない。ノーベル文学賞も受賞できるだろう。しかし、科学分野のノーベル賞はそうはいかないだろう。韓国人への科学分野のノーベル賞もいつかは生まれるだろうが、傑出した個人の成果であるはずだ。社会風土が米国、英国、日本などとは異なるためだ。ノーベル賞よりも科学と理性が支配する社会風土の方が重要だ。変人かのような科学への執念もそうした風土から生まれ花咲くものだ。